12話 カトレア問題④~追放そして旋律~
緋刃の視線はアツキのさらに向こう、スクリーンの隣にいる護衛へ向けられている。顔を隠していた護衛が素顔を晒す。――ネツキだ。それを合図に、他に壇上に上がっていた護衛も次々と変装を解く。
「こ、こいつら、ネツキ派の兵隊だよ」
「何時の間に、いい、入れ替わったのです!?」
ネツキの登場に動揺している三人。会場もどよめいている。護衛は控え室の見張りを定期的に交代していたため、アツキ達が護衛から目を離してる隙に少しずつ入れ替わっていたのだ。
「答える必要はありません。国民を脅かす者共にはね」
「脅かしているのはお前だろう! 売国奴が!」
「まだそんな事を言いますか、アツキ兄様」
ため息をつくネツキは、壇上の中央に立つと国民の方を向いた。
「皆様、第一王子のアツキから流れた噂は全て嘘です。江月が群を率いるなどと、ありえません。何故なら私は、この目で彼らの生活を目の当たりにしたからです」
アツキとコロンは思う。これでネツキが江月と繋がっていると認めた。墓穴を掘ったのだと。
「およそ一月前でしょうか。私は現王妃のエルルとナン大陸へ向かいました。笑われると思いますが、お伽話の龍の神殿を探しに行ったのです。残念ながら見つかりませんでしたが……」
そしてネツキは語った。エルルが密猟者に襲われて怪我をしたこと、江月で手当を受けた事を。
「その時、江月の生活を見たのです。我らと何ら変わりのない暮らし、ただ平和であってほしいと願うのです。その江月の民は、争い毎など望まない! 進軍するつもりがあるならば、とっくにしているはずです」
どちらの言葉が本当なのか、民衆は戸惑った。やはりネツキは江月と繋がっていて、口裏を合わせているのではないか。それでは先ほどのアツキ達の会話はどう説明するのか。
「エルルは確かに一般国民でした。私が彼女を選んだ理由は、彼女を愛しているからです! 身分など関係ない。彼女に惹かれたのです……」
ネツキの視線は会場の奥にあった。何を自分に酔っているのか。フルフルと震えているコロンが、公の前で口を開いた。
「それは子供の戯言ですわ。愛だけでは国に立つ事はできません! 身分の確立した上流社会から国民の生活を見てきた者こそが、国を率いる事ができるのです! 側室の息子である貴方には分からないでしょうが、これはこの国の伝統なのです。それを崩したのですよ!」
「そうだ! お前はそうやってこの国を内側から崩壊させるつもりだろう!」
「これがネツキの本性ですよ、国民のみなさーん」
親子揃ってネツキを陥れようとする。人間は何て醜いのだろう。ため息をついた緋刃がじっと会場奥の扉の方を見た時だった。
「ネツキ様を悪く言わないでえええ!!!」
この女の声で会場のざわめきが一瞬で静まり返った。唇を噛みしめ、顔を真っ赤にしてプルプルと震えているその女性はエルル。何故彼女がここにいるのか。ある人物が連れてきたからだ。
「あの小娘……。王と王妃が二人そろって城を離れるなんて、何を考えていますの!?」
「マ、ママ、あああああああれ、あれあれええ!」
青ざめているカツキは、そのある人物を指さしていた。
「何ですのカツキちゃん。民の前です。もっとしっかり話なさ――」
そのある人物とは、先代国王のキツクラである。
「こ、国王陛下……っ!」
「お父様!?」
「何でこんなとこにー」
親子三人が固まる。キツクラがエルルに先を行くように促すと、会場の国民全員が注目した。極度の人見知りのエルルにとっては耐え難い場所だろう。歩きながら彼女が言う。
「ネツキ様は、ずっと私達国民の事を考えて下さったんです。この国は芸事で輝ける国だけど、その才能がない人達にお仕事を与えてくれたり、一緒に働いてみて稼ぐのがどんなに大変か分かって下さったり……」
一呼吸、二呼吸しながらゆっくり歩みを進める。彼女の瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。
「あなた方他の王族は、私達の生活の事なんてネツキ様程考えてくれなかった! 私はそんな優しいネツキ様が大好きなんです。そのネツキ様……いえ、国王陛下を悪く言うなぁ! ぶっ、ぶれいものっ!!」
涙ながらに大声で訴えた。無礼者と言うのが、どれだけ勇気のいる事だったろう。エルルは肩で大きく息をしていた。ネツキが姿を現してから様子を見ていた緋刃は、大勢の前で大きな声を出せた彼女に感心した。あの人見知りのエルルが大勢の前でこんな事を言うのかと。
「無礼なのは貴女の方ですわ! 王妃である私と二人の王子に向かって、何て口の利き方を! 国民の皆様! こんな言葉遣いもなっていない小娘に国を任せ――」
「黙らんかあ!!」
先代国王のキツクラが怒鳴った。会場がビリビリとした空気に包まれる。怒りに満ちたキツクラはコロン達三人を順に、ゆっくり視線を移した。
「この国の国王はネツキであり、このエルルは王妃だ。我らはこの二人に譲位した身であり、国王や王妃の心構えを教える指南役である。お前はいつまで自身を王妃だと言い張っているのだ! エルルは小娘ではない! この国の国民であり、ネツキが選んだカトレア王国の王妃だ! 分を弁えよ!」
キツクラに一括されたコロンは何も言えなくなった。アツキとカツキはというと、そーっと逃げようとしている。
「何処へ行く、二人共」
ビクッと震えた二人は、怯えながらキツクラを見た。ここまで怒った父は初めてだ。
「お前達が何を企んでいるか、私が知らんとでも思ったか。他国をも陥れるようなデマを言い触らしおって。お前たちのした事が、この国を衰退させる原因にもなるのだぞ! 愚か者共が!」
「も、申し訳ございません、お父様……!」
「もう、しません……」
三人が大人しくなった所で、キツクラはネツキの下へ歩み寄った。
「この者たちの処遇を決めるのはお前だ。国民が納得する処遇を与えてみよ」
甘い考えをしてはいけない。父のキツクラが息子だからと、少々甘やかした結果がこれなのだろう。キツクラにどこか後悔している顔色が見えたネツキは、処遇を決めた。
「王妃指南役コロン・カトレア。第一王子アツキ・トッド・カトレア、そして第二王子カツキ・コッド・カトレア。今をもって、王族籍をはく奪する!」
その瞬間、会場が騒然となった。中でも記者たちは事件だ一大事件だと
会場を飛び出そうと走り出した。
「な、何の権限があって――!」
「国王はこのネツキ・ウッド・カトレアだ! お前達は王族でありながら他国と王妃を侮辱した大罪人。処刑されないだけマシだと思え。早急に荷物を纏めて城から出ていけ!そしてお前たちが馬鹿にした国民の生活をするがいい」
「俺達に泥を啜れって言うのか!」
「高貴な僕たちに!?」
処刑しないのはせめてもの慈悲なのだが、この三人には庶民の生活をする事こそが、最大の屈辱なのだろう。
「――連れて行け!」
ネツキの護衛達が三人を取り押さえて連行する。触るな、私を誰だと思っている等と言っていたが、王族籍はく奪されたのでもうただの国民なのだ。
「王妃、これを」
キツクラがすっとエルルに差し出したのは、コロンに破り捨てられた譜面だ。一つ一つ丁寧に継ぎ接ぎされている。受け取った彼女はぎゅっと譜面を抱きしめた。
「王妃はピアノがお上手だと伺いました。国民のためにも、その曲を弾いてくれませぬか。ここは芸術の国カトレアです」
笑顔になるエルルは、ネツキを見た。彼が頷くと、今度は国民の方を見る。全員に注目され、譜面で顔を隠した。その間にピアノが準備される。
「エルル、いつも通り自分の好きな曲を」
微笑むネツキの声に、こくんと頷く。いそいそと準備したエルルは、大好きな曲を弾き始めた。幸せそうに、楽しそうに、会場の国民をも巻き込むように……。
約七分間、彼女のステージに魅了さた会場は、美しい旋律に包まれていた。





