8話 破王
マナの寝顔をじーっと見ている司は、どういう起こし方がいいのか悩んでいた。いい加減破王の所に行かなければならない。ただ起こしてもいいが、それでは面白味がない。
司は引き出しに隠しているもう一つのロケットを取り出し、マナの首にかけた。
(ゆっくり目覚めろ)
暗示を掛けた後、その後の命令は声に出さなくてもいい。念じるだけで通用するのだ。命令通り目覚めたマナは、目の前にある司の顔に驚いた。
「安心しろ、喰わねぇよ」
司はひょいと体を起こす。起き上がったマナの首にはヒヤリとした感触。ロケットに気づき、中を見ようとするが何故か開ける事が出来ない。簡単に開くもののはずなのに。
「大したもんじゃねぇ。あんたを拘束する首輪みてぇなもんだ」
首輪にしては大きすぎると、少し不満のマナは頬を膨らます。司はマナの背に腕を回し、立ち上げた。
「これから破王の所に行く。お前を連れてな」
「破王? 三百年も生きているという、あの破王ですか?」
会合で話は聞いていたが、実際に見ることが出来るとは思っていなかった。一体どんな人物なのだろう。少々震えてしまう。
「イゼルから聞いたか。まあいい。その事は他の連中には話すな。俺の暗示で、破王の出生は一切疑問に持たず、調べないようにしている。いいか、この部屋から出たら余計な事は一切口にするな」
司に逆らえないマナは、黙って彼に付いていく。硬く口を閉ざして。
廊下を歩いて思う。ダリス城の中は殺伐としていると。レイトーマは所々に高価な壺や宝石が置かれ、カトレアは絵画や盆栽等、様々な芸術品があった。江月には美しい緑がある。だがダリスは、刀や槍、楯など、武力に通じるものしかない。マナは暗さを感じた。
「ボス。……と、マナ姫づらか」
眠そうなコロットと廊下で会った。マナは彼を見た時はっきり思い出した。レイトーマで演説をしたときにバルコニーで襲ってきた人だと。づら、という口癖、間違いない。
「お前も破王の所に行くのか」
「うん、あの方が六華天集合って言ってたって、キルクが言ってたづら」
ダリス六華天はダリス軍とは違う独立した機関。下に付く者は軍から引き抜いた者であったり、奴隷である事が多い。その多くはジョーが所有しており、コロットの場合は数十人程度、司に至ってはゼロなのだ。六華天にとって、下に付く者は皆捨て駒でしかない。
(破王と他の六華天は方々なのかしら。話の通じる相手ならいいのだけど……)
不安でマナの体が震える。こんな時はいつも傍に緋媛がいたのに、今はたった独りだ。
ギィ……と重い扉が開く。ここは謁見の間。奥の玉座には見下ろすように、脚を組んで頬杖をしている男が座っている。歳は六十ぐらいだろうか。とても三百年生きているとは思えない。
(あの方が、破王……)
他の六華天はもう揃っているが、司を含めても五人しかいない。コロットは他の六華天と合流した。
司がスッと跪くと、六華天全員も跪いた。敵国とはいえダリス帝国の王であり、世界の王。礼儀はしっかりしなくてはならない。マナも丁寧にあいさつをした。
「ほう……。誘拐されたと知りながらも随分落ち着いた姫ではないか」
「慌てては王族の恥です」
ここは堂々と凛とした態度で臨まねばならない。緋媛が傍にいたらきっとそう言うはずだから。それにカトレアの先代国王も、動じてはならないと言うだろう。カトレアでの会合は無意味ではなかった。
「……ジョーの姿が見えんが」
立ち上がるように合図をした破王が問うと、キルクが答えた。
「ボスの命令に反し、龍の里へ乗り込みました」
「何?」
目を細める破王に、今度は司が答える。
「ゼネリアに殺されましたがね。ジョーのせいでゼネリアに俺まで疑われそうでしたからね、イゼルの耳に入る前に、あのガキを始末しておきましたよ」
なぜそんな嘘を付くのか。敵の矢で胸を撃ち抜かれたと聞いていたマナには、司の思考が分からない。彼の暗示で表情にも出せないマナは、心の中で思うしかなかった。
「よくやった。我らの計画にアレは邪魔な存在だ。あの小娘を始末する必要があった」
「どういう事です!」
乗り出すように口を出したマナをキルクが取り押さえるように床に叩きつける。
「破王の御前で無礼だ、女」
彼の瞳は、人を人と思わない冷たい視線をしていた。ぞの瞳にゾッとし、青ざめる。
「離せキルク。話してやろう」
破王の一言で手を引くキルク。マナは誇りを払って立ち上がった。
「この世界には過去と未来に通じる扉がある。その扉を開ける事が出来るのは、この世界でたったの四名……いや、今は三人か。我らの目的はまず過去へ行く事。流王かお前が必要なのだ。流王に手は出せん、ならばお前をレイトーマから連れ去ればいいと考えた。ところがわしの次というあの半端な血の小娘が先手を打ち、龍族のいる里、今は江月と呼ばれていたか? そこに結界を張り隔離し、レイトーマに龍族の一匹を回しお前を護らせた。我が計画を尽く潰してくれた、忌々しい龍族と魔族の混血よ!」
王座の肘掛に拳を落とす破王は、唇を噛みしめている。これまで幾度となく邪魔されたのだろう。それがなければマナは今頃ダリスに利用されていたのだ。それより彼女が気になったのは、最後の龍族と魔族の混血という事。魔族の事は、イゼルの会合で出てきたのだが、それと関係があるとしたら――
「……過去の扉を開いてもらおうか、マナ姫」
「そんな事、私には出来ません。出来てもしたくありません」
過去を変えてはならない――。手を貸してしまうと、過去を変えられてしまう。龍族に何かが起こり、緋媛や龍族の皆が消えてしまうかもしれない。それ以上に、今も龍族を実験台にしているような国の王の戯言など聞きたくもない。
「小娘、貴様まで逆らうか。司、この女を傀儡にしろ」
機嫌を悪くした破王が鋭い視線で睨みつけながら司に命令した。レーラはクスッと笑い、アレクは唇を噛みしめて今にも発狂しそうなぐらい嫉む。イケメンの傀儡にならアタシがなりたいのに、と。コロットはそんなアレクに呆れている。
「い、いやっ!」
マナの頭をグッと掴み、暗示をかけようとしたのだが――
「……弾かれた」
その一言で、破王と六華天全員が注目した。
「ゼネリアめ、こうなる事を先読みして俺より強力な暗示をかけてやがる」
マナは暗示を掛けるふりをしたように思えた。司の部屋で別の暗示を掛けられたときのような、脳に直接入る命令がない。ただ、頭に触れれただけなのだ。何を考えているのか理解できないが、それを口にする事は禁じられている。
「解除するには1週間はかかるかと」
「三日でやれ」
「……御意」
どこか面倒臭そうな司。マナは司のこれまでの行動が何を意味するのか考えたが、ダリスの為なのか、龍族の為なのか、自身の為なのか、全く読めない。まだ他の六華天の方が分かりやすいのだ。
「他の連中は二手に分かれておけ。過去へ行く者と、龍族の襲撃をする者だ」
「はっ!」
返事をした四人はザッと跪いた。玉座から立ち上がった破王は、扉の方へ歩いていく。
「今は感謝しよう、ゼネリア。お前のお蔭で、弔い合戦という名目が出来たのだからな。くく、ははは……あははははははは!!」
破王は高々と笑った。謁見の間だけではなく、城中に響くような笑い声だったのだ。





