15話 世界の理、ダリス王の正体
「US2047年までは、そんなところだな。ご理解いただけたか? 若きカトレア王と姫よ」
二人は何も答えられない。特にマナは二百年前に起きた事が信じられず、下を向いている。ネツキはその事実から目を反らしてはいけないと、じっと見つめていた。
「我が同族が減ったのは、ミッテ大陸に残るべきか否かで意見が分かれ、出て行ってしまった者達が人間に掴まってしまったからだ。我らの寿命は約千年。運が良ければ生きている者もいるだろうが、今のダリスでどういう扱いを受けているか……」
座学が苦手な緋刃は、頭をテーブルに伏せて堂々と寝ている。それに気づいた緋媛とルティスは彼の頭に拳骨を落とした。しかし、彼は起きない。
「まあ、彼らは恨んでいるだろうな。残った者は護って、出て行った自分たちは助けないのかと。言い訳だが、俺も司も里を護るので手いっぱいだったんだ。……恨まれても仕方がない」
マナ達はイゼルの話に耳を傾けてはいるが、同時に緋刃を起こす緋媛達の行動が気になっている。緋媛が緋刃の首根っこを掴んで持ち上げ、頬を何度も往復ビンタすると、ようやく目を覚ました。
「ふぇ? 話終わった~?」
「終わった~? じゃねえよ! 何気持ちよさそうに寝てやがんだ、てめえは!」
「お前ら兄弟はあの時代に生まれてねーんだから、耳かっぽじって聞かなきゃいけねーだろ! このクソガキが!」
「だって俺、座学って嫌いなんだも~ん。子守唄だよ、眠くなるよ~。ふわ~あ」
欠伸までした緋刃に、緋媛とルティスの怒りが頂点に達した。
「イゼル様、この馬鹿、向こうでシメてきます」
「俺も混ぜろよ、馬鹿の兄貴よぉ」
「何だよ、俺が何したんだよ! ちょっと昼寝しただけじゃねーかよおお!」
ずるずる引きずられる緋刃の様子を微笑ましく見ているイゼルはただ頷いた。それを許可するのはどうかとマナは不安に思うが、おそらくいつもの事だと答えるのだろう。緋媛達はカトレア大会議室を出て行った。
「すまんな、うちの緋刃が迷惑をかける」
「構いませぬ。確かに彼はああいう所がありますが、やる事はやっておりますので」
それなりに信用は得ているようだ。もちろん着任した当初はイゼルに文句を言ってやろうと思ったキツクラだったが、数日様子を見るうちに彼は仕事と休息のオンオフの切り替えが出来ているのだという。しかし、やはり会議や座学は退屈そうにしており、根っからの武闘派なのだ。
「あの、イゼル様。これまでのお話の中で気になる事があります。魔族とは……、異界から紛れたというのは一体……」
「ああ、それは私も気になりました。この世界の他に、まだ世界があるのですか?」
イゼルは一口紅茶を飲み、一息つく。マナとネツキも緊張からか、紅茶に口を付ける。一族の長である彼に何故妻子がいなかったか疑問に思っていたが、昔姿を消した事で納得出来た。だが、生きているのだろうか。生きていて欲しいと願う。そしてイゼルは、世界の核となる事に触れた。
「ある。まず、この世界の名はクレージア。最も、その名を発するのはもう我々異種族と各国の王族ぐらいだがね。このクレージアはいわゆる裏の世界。裏世界……だからUSと呼んでいる。裏があれば表もあり、それを繋ぐ世界も存在する。魔界はそれのどれでもなく、また別の世界……」
キツクラを覗く全員が話を整理しようとした。イゼルは何を言おうとしているのか。複数の世界があるという事は解るのだが。
「すまない。分かりづらかったな。つまり、クレージア、表の世界、魔界という独立した世界がある。そこから直に行き来する事は出来ず、そこを繋ぐ世界がある。世界は異界の扉というもので繋がっていてな、例の魔族はその扉を通って魔界から繋ぐ世界へ行き、そこからクレージアにやってきた、という訳だ。ただ、何故あの方が魔族を通したのかは、俺でも分からない」
扉の話は以前聞いた事があるマナは、時空の扉と世界の王と関係があるのかと頭に浮かぶ。更なる疑問はイゼルがいうあの方。彼よりも上の存在があるという事だ。
「あの方とは?」
それを聞いたのはネツキである。
「――龍神様。クレージアの、我ら龍族の神と呼ばれる存在。まあ、神族だな。普通の人間、異種族は通常接触出来ないが、龍族の長と、世界の王ならば可能だ。姫には以前話したな。世界の王が何者かを」
この場でそれを知らぬのはネツキとツヅガだ。世界の二名の王、過去と未来を繋ぐ扉を管理する存在。マナがその次の王となる存在だという事を。それも百年もの間、ただただ地上を見守る王となる事を――。
「馬鹿な! そんなもの、生け贄のようなものではありませんか! 彼女の幸せを奪うと、そうおっしゃるのですか!」
興奮して立ち上がったネツキは、イゼルを責めるように言葉を投げた。
「俺達も不本意なんだよ。だが、これが世界の理だ。未来はその時生きる者達の手で動くべきであり、過去は変えてはならない。その力を持つ者が覚醒すれば自在に扉を動かす事ができる。そうなる前に龍の神殿へ行かねばならない。時空の扉が開かれた時、それを閉じる為に」
「ですが、百年も経っては誰もその人の存在を覚えていない! 戻っても独り――! ……そうか、だからマナは江月に嫁いだのか」
神殿を探す為にナン大陸へ向かった事すら忘れ、彼女の覚悟を知ったネツキの肩から力が抜け、どさっと椅子に腰を下ろす。国同士、友好関係を持つならば女性のマナを嫁に迎えたくなるものだ。実際、兄のマライアが手放したくないという理由で断られ続けていたが、此度はマナが強引に外に出た事がきっかけでもある。それを機にマトは国を本来の流れへ戻す為に、動けたのだという。
「ネツキ殿、貴方の推測通り、だから俺は姉上を龍の里へ引き渡したのです。やり方は少々強引でしたが、それが姉上の為でもあり、ダリスから護る事にも繋がる」
「何故ダリスが? 軍事国家なので、確かに姫のような能力があると知ったら、過去を変えて世界をダリスの配下にするのしょうが……」
「いや、奴の目的は個人的なものだ。ダリスの王は現在の破王、人間だ。それも三百年前から生きている」
マナ達は驚きを隠せなかった。人間が三百年も生きていられるものかと。この話を知っていたのは江月にいたマトと、先代カトレア国王のキツクラだけ。彼らも当初は信じられなかったという。しかしダリス帝国の国王は会合にも姿を見せる事はない。それが全てを物語っていたのだ。
「三百年って……! 王となってから百年は生きるとして、その後の二百年は――。二百年? 二百年前から……? もしかして、その為に龍族を……?」
マナの顔色が悪くなっていく。考えたくなかったのだ。自らが生きるために、龍族を、異種族を狩っていたのだと。ならばマナを狙う理由は何なのだろうか。扉を開く音が聞こえ、驚いたマナは肩を震わせる。振り向くと、緋媛達が戻ってきたのだった。
「ったくよー、これに懲りて二度と居眠りなんかすんじゃねえぞ」
「お前よぉ、こっちでぬくぬくしててマジで弱くなってんじゃねーか。鍛えろこの野郎」
「……はい、すんません」
ボコボコになった緋刃と共に緋媛とルティスが戻って来たその時、イゼル、緋媛、ルティスの三名が何かに感づき、江月のある方角を向く。
「どうしたの、媛兄」
「……里の結果に触れた者がいる。しかも数が多い。イゼル様!」
緋刃はカトレアにいる為、結界との繋がりを切っている。緋媛もレイトーマにいた頃は同様であった。
「すまないが俺達は退席させてもらう。数を考えると、ダリスが侵攻してきた可能性もある。ただでは済まないはずだ。マトとツヅガ殿は緋刃に任せよう。夜ならば元の姿で空を飛んでも構わない。姫、里へ戻るぞ!」
「は、はいっ!」
落ち着いているように見えて、イゼルはどこか焦っているようだ。それは里を気にしている訳ではない。里を襲った人間の安否を気にかけているのだった。





