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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
4章 歴史の真実

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13話 歴史の真実③~狙われた異種族~

 五十年に一度生える薬草、ルフト草。北のホク大陸にしかない白っぽく瑞々しいその草は、次期になると白い花が咲く。熱い場所が苦手で、冷たい所にしか生えないという。それは人間には毒だが、龍族特融の空気中毒を抜く事が出来るのだ。この機を逃すと、また五十年待たなくてはならない。


(白い花だから雪と混じって分かりづらいねぇ)


 五十年毎に何度も採取しに来ているが、色が同じだと探すのに苦労する。見つけてしまえば早いもので、花の下に、雪に埋もれる形で草が生えているのだ。ようやくルフト草を見つけた薬華はおよそ八割を採取し、その地を後にミッテ大陸に戻ろうとした。


「う、うわああああ!」


 男の悲鳴と同時に、狼が吠える声が彼女の耳に入る。狼ごときに情けないと思いつつ駆けつけると、脚と喉を噛まれていた。


「そいつから離れな!」


 薬華が狼に威嚇すると大人しく離れ、怯えながらその場から逃げて行った。人間の男は重傷で、呼吸が出来ず動けない。近くのダリス帝国に連れて行っても、その途中で命が尽きるだろう。助けなくては――


「待ってな、今……」


 彼女は自らの爪で肌を傷つけ、流れ落ちる血を、まずはその男の喉に落とした。血が傷口に浸み込む度に熱を感じ、苦しがる男は拳をぎゅっと握る。


「我慢しな! すぐ喋れるようになるから」


 程無くして、喉の痛みが消えた。次は脚に血を掛けられ、激痛に苦しむ。しかしこちらの傷は浅いため、すぐに痛みが和らいだ。


「これでいいだろ。なんだって人間がこの山に来てんだい。ここの動物達は平気で人間を襲うってのに」


「……その動物の生態系を調べる為に山に入ったんだ」


「一人で?」


「いや、仲間がいたが、皆食い殺された。国に戻ろうとしたら俺も……」


 それは災難だ。動物達は龍族が自分達より上だと本能でわかる為、薬華に襲いかかる事はない。逆に逃げるのだ。だが人間は違う。怯えたり逃げようとすると、狩りの本能が出てしまう。


「それにしてもあんたの血、凄いな。あっという間に傷が治った。人間でも、エルフでもドワーフでもない。龍族か?」


「そ。龍の血には治癒力があるからねぇ。でもこの事は誰にも言わないでおくれよ。あたしがあんたを助けたのは、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いからさ」


 その後薬華は山から降り、龍の里に戻るとイゼルにこの事を報告した。救える命を救ったのだと彼女を褒めたものの、人間は内緒だと言いながら噂を広めてゆく。そうならない事を祈っていたのたが――


「おい、イゼル。里の若い連中が何体かいねぇ」


 この報告を司から聞いたのは、それから二ヶ月の事だった。


「江の川にでもいるんじゃないのか?」


「いや、ミッテ大陸にいねーんだ。他国に行く時は俺かヤッカに言うはずだろ? あいつも聞いてねぇってさ」


「イゼル様ぁー!」


 すると今度は妖精の長がやってきたが、話の内容は司と同じである。


「うちの妖精二匹見てませんかぁー? 昨日からいないのですぅ」


 まさかと思うが、嫌な予感がする。イゼルと司は顔を合わせるなり頷く。意思疎通が出来ているので、司はすぐに動き出した。


「妖精の長よ。その二匹の件、俺に預からせてくれ」


 まずはエルフとドワーフにも同じ事が起きていないか確認を。司はその為に動いたのだ。結果は二種族とも同じく、数名ずつ行方不明になっていたという。その翌日もまた、各異種族から数名が姿を消した――。



「あたしのせいだ……。あたしの軽率な行動で……」


 これを知った薬華に罪の意識が沸く。もしかするとあの人間を助けたから、噂が広まって龍の血肉を求めているのかもしれない。だが、里の者も他の異種族も責めはしない。彼女は命を救うという、正しい事をしたのだから。


 一つ分からない事は、他の異種族まで狙われているという事。それはミッテ大陸の砂浜で、司と共に遊びに来ていた緋紙を捉えようとした人間の男を捕縛した事で判明した。


「さて、答えて貰おうか。お前はダリスの人間か?」


 男は何も答えない。


「目的は何だ。何故我ら龍族を、異種族を狙う」


 やはりこの問いにも男は答えず、不気味な笑みを浮かべている。どうやって吐かせようか考えるが、暴力は振るいたくない。幾つか方法を考えていた時、司が男の胸倉を掴み、殴りかかろうとした。


「やめろ!」


 間一髪の所でイゼルが彼の腕を掴み、止める。興奮して息が荒くなっている司は、瞳が元の龍の姿のものに戻っていた。


「痛みを与えるのは良くない。それに俺達の力で殴ったら人間がどうなるか、お前も分かっているだろ」


「ああ、分かってる。けどな、俺の緋紙に手ぇ出そうとしたんだ。これが黙っていられるかよ……!」


 辛うじて怒りを抑えている。頭で分かっていても、気持ちが出てしまうようだ。今にも噛みつきそうな司が男の頭を掴むと、男は虚ろな目になって大人しく答え始めた。


「俺はダリス人。国王の命令で異種族狩りをしている」


 司が男にした事は、質問に答えろという強力な暗示。理想は男自身の意志で、彼の口から答えて貰う事なのだが、恐らく答えはしないだろう。答えたくないのなら、無理矢理答えさせればいい。


「龍族の血は万病の妙薬、血肉は不老不死の薬になる。国王も貴族も不死を望んでいる。龍族を捕えれば大金を貰える。だから捕える。俺達の生活の為に」


 噂が誇張している。どこで大きな話になったのだろう。龍族の血肉はあくまで外傷に効くものであり、病に効かない。ましてや不老不死など有りえないのだ。


「他の異種族を狙う理由は何だ」


「この地上で一番偉いのは人間なのに、何故得体のしれない種族が生存しているのか。他は家畜でしかない。ペットでしかないというのに。だがその家畜と人間の違いを明かさなくてはならず、学者達が解体して調べる。その為の実験体だ。他には奴隷にしたり、見世物にしたり、貴族の中には異種族をペットや奴隷にしようと考えている奴らも少なくない」


 既に解体された者もいるらしい。エルフの知能の高さ、ドワーフの力や器用さの秘密、妖精の鱗粉など、生きながら体をバラバラにして調べられているという。ならばもう、捕えられた異種族は生きてはいないだろう。望みがあるのは奴隷や見世物にされている者だけだ。


「……情報はこれだけか。イゼル、やっぱりあの野郎が絡んでやがったな。どうする」


 一通り話を聞いた司が問う。捕えられた者達を見捨てる事はしないが、ミッテ大陸と異種族達の守りを固めなくては。イゼルは司に男の暗示を解いて解放するよう指示をした。



 その後、龍族を始めとし、異種族達は数を減らしてゆくのだった。



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