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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
11章 繰り返す歴史

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5話 重い話題

 診療所に着くと、イゼルと緋倉が睨み合っていた。

 マナの頭には疑問符が浮かんでいる。イゼルはゼンとユキネの会話を聞きたいはずなのになぜこの場にいるのか。


「森番の時間だろう。人間は早朝からも動くからな、早く行ってくれないか」と先にイゼルが口を開く。


「いつもより少し早いですね。俺、ギリギリまでゼネの側にいるのが日課なんで」


 両者の顔を交互に見ながら困っているゼネリア。彼女の目の前にはパン、スープ、サラダとフルーツの朝食が木の皿に入って並んでいる。

 一体何があったのかと目が点になるマナに、薬華が解説をした。

 体力回復の確認と洗顔歯磨きの後、朝食を出したところで彼らが同時に診療所に到着した。緋倉は毎朝日課のように来るのだが、イゼルが早朝から来るのは初めて。これまで独り占めするように一緒にいた緋倉にとって、今更実兄が来ることに不満があるのだろう。


「それであんな感じで平行線になってるのさ。出来立てのスープも冷めちまうよ。てことでマナ姫、ちとあの馬鹿どもに喝を入れてくれない?」


「私が? ……喝なんて出来るでしょうか」


 この時、薬華の表情はキラキラと輝いていた。マナは察した。彼女は睨み合う龍族の間に人間が入ったらどうなるか見てみたいのだと。


「出来でも出来なくでもいいんだよ。重要なのはあの二人が凹む姿……じゃなくてゼネリアに朝食を食べさせることだからね」


 予想が外れた。ただ楽しんでいるだけなのだ。

 ぽいっと放り投げられたマナは、イゼルと緋倉の間に入り込んだ。マナへじっとりとした視線が注がれ、動揺する。困った表情をしたのはゼネリアも同じであった。


「あの、ゼネリアが困ってます。とても美味しそうな朝食を早く召し上がりたいのではないでしょうか」


 衝撃を受けた二人は瞬く間にゼネリアの方を向くと各々の朝食に手を出した。イゼルはサラダに、緋倉はパンを一口にちぎって口元へ持っていく。


「イゼル様、旦那の俺の役目ですよ」


「兄が看病して何が悪い。お前はまだ旦那じゃない」


 笑いを堪える薬華に再び困るゼネリア。彼女はマナに視線を送って、どうしようと訴えている。

 きゅっと口元を締めたマナは、間に割り込んだ。


「喧嘩はいけません。それでしたら私がやります。まずはお口を潤さなくてはいけませんね。温かいスープをどうぞ」


 スプーンで一口掬い、口元に持っていくと素直に食べた。

 言葉にならない悲鳴をあげる緋倉と、固まるイゼル。それをみた薬華は大爆笑。

 飲んだゼネリアはやっと口を開いた。


「一人で食べる」


 これが緋倉にはトドメの一言だった。ぎゅっと抱きしめると、とぼとぼと診療所から出ていった。

 もぐもぐと彼女が食べている間、マナは他の部屋の掃除をしていた。特にやる事もなく暇を持て余していたマナは、里の様子を見たり家事をしたりと、少しずつ庶民の生活に馴染もうと努力をしていた。この日はゼネリアの話し相手の他、薬華の手伝いもするのだ。

 ゼネリアの食事が終わると皿を下げようとベッドに向かう。


「あら、綺麗に食べましたね」


「うん。でもお兄さんは……」


「名前で呼ぶように言っただろう。俺のことは気にするな」


 それを機にぱたりと会話が止まった。マナはまだ距離があるように見えたものの、そのうち話し始めるだろうと食器を片付け始めた。

 龍の里で暮らし始めてから家事をするようになったマナは、皿洗いも水回りの掃除も丁寧に出来るようになった。だが、うっかり手から落としてしまい、皿を割ることがしばしばある。

 マナが皿を下げることを知っていた薬華は、それ故に木の皿を使っていたのだ。案の定、この時も洗い立ての皿を手から落としてしまった。

 洗い直した後、元の位置に皿を戻すと部屋に戻ったのだがーー


「お兄……イゼルと私って本当に兄妹?」


「何故そう思うんだ」


「似てないから」


 そんな話をしている所に遭遇した。耳を立てている薬華は、マナに手荒れ防止の塗り薬を手渡す。薬を塗りながらマナもつい耳を立ててしまう。


「それは……」


 イゼルは言葉を飲み込んだ。父親が違い、互いに父親似であると答えられようものか。だが、疑問に答えるには正直に話すしかない。現に息子のゼンは父親が違う妹を受け入れている。

 だがそれは相手が人間であるからであり、異界の魔族の血を引くゼネリアはその事実を知った時どう思うのだろう。それはまだ言わない方が良さそうだ。気にしてる事は知っていたのだから。


「答えられないような事情がある?」


「……今言えるのは、俺たちの父親が違うんだ。だから、異父兄妹」


 表情が曇り、困惑しているようだ。髪の色も濃くなったり薄くなったりしている。


「その事実を今まで受け入れられずにいた。だから、俺はお前にとっていい兄ではない」


 里の皆に虐められていると知りながらも、直接行動には出なかった者が、兄と呼べる資格はない。今更どの口が言っているのだろうと心の奥がざわつく。今ほどゼンの能力が開花して良かったと感じる。


「……私のお父さんは? 私たちのお母さんは?」


 不安そうに涙目で聞いてくる妹に、重々しく口を開いた。


「お前がまだまだ幼い頃に、亡くなった」


 ぎゅっと布団を握りしめると、ポタポタと涙を溢した。おそらく一人だったと察したのだろう。振り絞って出した言葉は「イゼルのお父さんは」だった。


「何十年、百何十年前だったか、死んだよ」


 それでもイゼルには息子とどこかで人間の新たな番と共に生きているであろう嫁がいる。これは今は言えなかった。

 そこから再び口を閉ざしたゼネリアに、イゼルは何を話せばいいかと焦り、マナを視界に入れると視線で助けを求めた。しかし兄妹の会話なのだからと首を横に振る。それは薬華も同じだった。

 どうしたものかと考えていると、ゼネリアが口を開いた。


「何で死んじゃったの」


 答えるべきか否か、頭の中がぐるぐると回る。実際に見たわけではなく、聞いた話でしかない。むしろそれはイゼルより薬華の方が適任だろう。だがその彼女は助けを求めるなと追い払うような仕草をした。


「……お前の父親は、この世界の空気を毒として受け入れる体質で、それで徐々に毒に侵されていったんだ」


 空気が毒。それがどういう事か理解できず、頭の上に疑問符がいくつも浮かんでいる。呼吸するだけで苦しいはずだが、ゼネリア自身は何ともないのだから。


「お前は体質を受け継がなかったらしい。そこは母さんに感謝だな」


「お母さんは?」


「……殺された」


 少々重々しく口にしたイゼルの表情は硬い。妹を庇って人間に殺されたと言えるはずがない。それを言ってしまえはおそらく自身を責めるだろう。

 何の言葉も出ず、息を飲むしかないゼネリアも口を閉ざしてしまった。

 なかなか明るい会話が進まないと察した薬華がここで口を挟む。


「両親は確かに亡くなったけど、愛情たっぷり注いで生まれたのがゼネリア、あんただよ。あたしはあんたが腹の中にいる時から見てきたからねぇ、そこの兄と違って」


 放ってきた事に違いはない。故にイゼルの心に突き刺さった。


「だから悩みも苦労している事も知ってる。あたしはいつでも話し相手になるよ。……マナ姫に役目取られちまうけどね」


「そんな、奪うつもりなんてありません」


 慌てるマナに笑い飛ばす薬華。

 真面目な話をしてしまうイゼルは、普通の兄妹の会話がどんなものかが気になっている。昨夜ゼンに依頼し、ユキネを探しておくと聞いているが、怒りをぶつけて依頼会った事がない。避けられる可能性も考えていた。


「ところでイゼル様、もしかすると今お屋敷にゼン様とユキネがいらっしゃるかも知れません」


 反射的にマナの方を見ると、ここに来る道中たまたま会ったのだが話す機会を失っていたのだという。ならばとっくに屋敷にいるはずだ。


「わかった、ありがとう」


 イゼルはゼネリアの頭を撫でて、また来ると一言言い残してから去って行った。

 見送った後、盛大なため息を吐いた薬華が一言。


「どうしてああいう重い話になるのかね」


「普段、イゼル様とゼネリアはどのような話をしていたのですか?」


 マナの疑問にゼネリアも顔を見上げた。薬華もそれに気づくと正直に言うか悩む。何故なら普段顔を合わせるとゼネリアから避けたり、反対意見でぶつかる事が多いからだ。


「……明るい話をした事はないねえ。だから難しいのかも知れないね」


 ならば少しずつ会話の距離を縮める必要があるだろう。だがマナの経験上、距離が離れ続けた亡き兄と仲の良い弟がいる。同じ両親を持つ兄妹の中でも距離感は難しいと知っているのだ。

 少し表情が曇ってるゼネリアにマナが言う。


「イゼル様、とても真面目な方なのです。時間はかかりますが、少しずつ寄り添っていきましょう」


 マナがそう言うのであればと、ゼネリアは小さく頷いた。





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