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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10章 変わりゆく歴史

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7話 頭の怪我と響く声

 夜、マナとゼネリアは隣り合わせで布団に寝ていた。

 ところが朝、マナが起きると隣の布団は空になってしまった。体力が回復して何処かへ行ってしまったのだろうか。屋敷の中にいるのだろうか。ぱたぱたと探し回り、囲炉裏のある部屋に顔を出すと、そこにいた。


(よかった。歩けるようになったのね)


 モリーとモチもおり、わずかな朝食の米と味噌汁、漬物が三人分用意されている。


「この時間に起きるとは、若いのう」


「申し訳ございません。寝過ぎてしまいました。おはようございます」


「気にするな。ひい婆さんの朝は早すぎるんだ。日の出前に起きるから」


 モチはマナの分米を茶碗に入れ始めたが、マナは再び断った。


「大切な食糧です。お気持ちだけで十分ですので、私の分は結構です」


 本当は腹が減ってたまらないが、世話になっている上に貴重な食糧を減らすわけにはいかない。

 民が空腹なら王族も空腹であれ。それがレイトーマ王室の教えであった。


 横目でチラリとマナを気にすると、ゼネリアは立ち上がっで部屋を出ようとした。


「これ、何処へ行くんじゃ。まだ疲れておろう」


「食欲ない」


 そのまま部屋を出た彼女を、マナはただ見送るしかなかった。


「相変わらず素直じゃないのう。昨日よりは良い傾向ではあるが」


「素直に朝食を譲ると言えばいいものを」


「私、そんなつもりでは!」


「娘。好意は素直に受け取るものじゃ。昨日は思考を止めたが、会話は耳に入っておる。何か思う事があるんじゃろ」


 先日話した事が全て聞かれている。

 仲良くなりたい、そう話したことも覚えているとしたら、マナは少々恥ずかしくなった。

 まさかそれで距離を縮めようとしているのだろうか。そう思いたい。


「いただきます」


 食べ終えた後、マナは髪飾りを付けてエルフの里を見て回った。

 葉で作った髪飾りをつければ、モリーが認めた人間として警戒をする者がいなくなるという。

 ざくざく歩いて回ると、家の数よりも少ないエルフ族の人口。そんな印象だった。

 時折りマナを見て、人間だ、人間だ、と囁く声が聞こえる。視線が合うとさっとそらされ、少々心が痛んだ。

 しばらく歩いていると、村人と話しているゼネリアを発見した。


「僕はいいから、せめて妻と子供だけでも移住させてやれないかね」


「あんたはいいのか」


「モリー様と共に、自然の摂理に従うだけさ」


 マナが声をかけようとした時、ゴツ、と鈍い音が頭から響いた。ごろっと地面に転がる石があり、赤く染まっている。その衝撃で頭の髪飾りも取れたらしい。


「人間は出ていけ! お前のせいでみんな殺されて、連れていかれたんだ!」


「これ! やめなさい! あの人間はモリー様が許された人よ」


 母親が手を掴むが、子供は離せと声を上げる。

 その親子はゼネリアと話していたエルフの男性の家族で、話を中断して駆けつけた。


「ああ、ひどい血だ。すぐに手当をしなくては。このバカ息子! 謝らんか!」


「いえ、いいのです。私たち人間がそれほど酷いことをしたのですから」


 ごつ、とゲンコツを落とすと、子供は泣き始めた。

 頭に触れると血がべっとりと付いている。

 その様子を見ていたゼネリアは、頭の中に光景が浮かんだ。


『化け物は出ていけー』


『やめろよ! ゼネリアちゃん、大丈夫だよ。すぐ治してあげるから』


 子供の頃にされたことと同じだ。

 なぜこの人間は笑っていられる。怪我をさせられて、なぜ反論をしない。

 途端に、ある言葉が頭の中を支配し始めた。


『慈悲で置いているだけ』

『誰も認めない』

『哀れな化け物』

『この世界から消えちゃえ』


 呼吸が上がり、息も胸も苦しくなってくる。

 うるさい、うるさい、嫌だ嫌だ。耳を塞いでその場を立ち去った。


 手当を受け、頭に包帯を巻かれたマナとゼネリアが顔を合わせたのは夕方だった。

 モリーの屋敷で手当てされたマナの傷は深くはないという。それでも、自分のせいだとゼネリアは考えてしまった。ここに居てはいけないとも。


「モリー、神殿への移住希望者が他にもいる。今度連れて行くよ」


 神殿とは龍の神殿。首を傾げたマナにモチが説明をした。

 エルフとドワーフはナン大陸に移住しても明らかに異種族だとわかる。だから神殿への移住をするのだと。

 そこならば空気も清らかなため、妖精たちも生きられる。


「移住希望は少ないが、それでも種族存続のためにしていることなんだ。人間の歴史から消え、世界の記憶として残るのならばそれで良い」


 別の道を生きようとする彼らの手助けをしているという。

 他種族である以上、共に過ごすにしても必ずすれ違いが出てくる。ならば人間の手の届かない場所で生きることも一つの手段である。


「主もそこまで他種族のためにすることもなかろう。何故そこまで我らの為にする」


 目を逸らして無言を貫いたゼネリアに、モリーが答えを言った。


「半分ある血筋とはいえ、龍の里の皆に認められたいのじゃろう。メガルタの小僧にも」


「違う!」


「何が違う。認められたいが故の行動じゃろ。だが小僧はこの事には口を出さん。何故ならわしらの他種族の問題だからじゃ。わしらが認めても、主にとってはイゼルと里の者たちが認めなくては意味がない。そうじゃろう」


 再び声が頭の中に響いてきた。この先誰も認めないという声が。

 耳を塞いで苦しむゼネリアの下へ駆けつけたマナは、ぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫です」


 マナの心地よい声が耳に入っていくと、少しだけ声が収まった。

 この人間は一体何者なのだろう。ふと疑問に思った瞬間だった。


「何も精神を壊すつもりはない。さてさて、明日には主らの番が里にやってくるじゃろう。今日も泊まるがいい」


「番って……。何故ご存知なのです」


 マナが赤くなると、モリーは笑った。


「ふえっふえっふえっ! 婆は何でも知っておる」






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