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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
9.5章 それぞれのお正月

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番外編9-1 薬華の悪巧み〜酒に呑まれる妹〜

6章17話の話です。前半はいちゃいちゃ(*'-'*)

「おいで〜おいで〜」


 悪い笑みを浮かべて朝の稽古場にやってきた薬華は、手招きをして片桐三兄弟とルティス、フォルトアを集めた。


「年明け早々何だよ、ババア」


 緋媛の失言に落ちる拳骨五発。


「ババアだってえ!? 姉さんだろがい! 年明け早々に稽古から始まる連中に言われたくないね」


「なんで俺たちまで」


 巻き込まれたルティスと緋刃は元凶をを睨みつけた。


「それで、何かようですか、薬華様」


「あら、フォルトアはいい子ねえ」


 ころっと機嫌が良くなる薬華は、一升瓶を取り出した。レイトーマの薬屋に足を運んだついでに手に入れた幻の銘酒らしい。


「その名もネマ・コロン!」


「それ、人間達の間で最高級って言われる酒っすよ」


「うん、ラベルも間違いないね」


 ジロジロと見るルティスとフォルトア。

 なぜ彼らがそれに詳しいか、疑問に思う緋媛と緋刃は見合った。


「グラスに空気を混ぜるように注いでってお店の人間が言ってたけど、よく分からないからそのまま飲むよ!」


 すりすりとボトルを抱く薬華。

 フォルトアは手を出して渡すよう促しながら言った。


「薬華様、僕が入れますよ」


「まあ、酒に関してはお前の方が重宝されてたからな。無理すんなよ」


「え? もしかしてあの頃の……」


「大丈夫。僕、お酒を注ぐのは嫌いじゃないから。これは少し冷やしてあげた方が美味しいんだ。ルティス、ちょっと付き合って」


 ボトルを受け取ったフォルトアは、ルティスを連れて道場を後にした。

 さて稽古に戻ろうとしたところで、まだ話があると捕まる三兄弟たち。


「夜に向けて準備をしないといけないからねえ。あたしの手伝いしてもらうよ。あんた達にはイゼル様にあの酒を飲ませてもらう」


「イゼル様って普段酒……飲まねえな」


「見た事ないね」


「ゼネも飲まねえや」


「ゼネリアもかい。ならいっそ揃って飲ませてみようじゃないか」


 弧を描くようにみるみるうちに唇が歪んでいく薬華。

 嫌な予感がする三兄弟は次の言葉を聞き逃さなかった。


「試したい薬も……んんっ、お酒に酔いにくい薬も用意するからさ」


 やはり実験台にするつもりだ。酒に関するものは間違いないが、分量が違う薬を飲まされて試されるに違いない。断りたいのが正直な感想だ。


「ねえ緋倉、酔ったゼネリアを見たくないかい? もしかすると、迫ったくるかも……」


「協力します、姐さん」


「どうだい緋刃、あの酒を飲めるってことは、一人前の龍族として扱われるんだよ」


「手伝います、姐さん!」


 兄と弟が陥落された。これではもう拒否できない。

 誰か冷静でいなくてはならないのだから。

 緋媛もしぶしぶ手伝う事にした。


 一日かかった準備の後、里の様子を見回ってきたイゼルが戻ってきた。

 随分と多い食事に酒のボトルが置いてある光景に驚いた。


「年明けとはいえ、随分と豪華だな。その酒は?」


「幻の銘酒、ネマ・コロンだよ。人間の中では最高級品だってさ」


「買ってきたのか? 高かっただろう」


「いや、くじ引きで当てたのさ。こんな百万グルトもする酒、買うわけないじゃないか」


 なんたる強運の持ち主。

 そしてそれほどの価値のする酒を景品に出すレイトーマは、昨年は随分と景気が良かったらしい。


「さあフォルトア、入れて!」


「ところで倉兄とゼネリア姉さんは?」


 一方、緋倉とゼネリアは、屋敷から少し離れた大木の枝の上にいた。屋敷の方を向いて、灯りだけを見ている。


「ゼネ、聞いてる?」


「ああ、みんなで高い酒飲もうって話だろう。イゼルもいるんだ。私はいかない」


「酒飲んだイゼル様から本音が聞けるかもしれないし、本音で話し合えるかもしれない。いい機会だと思うけどな」


 塀の向こうにいるであろうイゼルはどんな表情をしているだろうか。ゼネリアが参加したらどんな顔をするのだろう。考えるだけでも恐ろしく感じていた。


「……飲みたいなら一人で行けばいい。私は」


「また独りで過ごそうってのか?」


 彼女の肩をギュッと抱き寄せた緋倉は、一緒に過ごそう、とただ一言告げた。

 そんな彼の暖かい胸の中で、ゆっくりと頷いた。


 早速動いた緋倉は、イゼルの屋敷に入った。

 すでに酒が行き渡っており、これから飲むところだった。


「遅いよ倉兄」


「ああ、悪い。フォルトア、一人分注いでくれ。あと少し料理と茶を持って行くわ」


 フォルトアが注ぎながら聞いた。


「ゼネリア様は?」


「風に当たりすぎて風邪気味なんだ。俺が家で看病しねえと」


 ひょいひょいと皿に料理を乗せていく緋倉。彼の涼しい表情はどこか楽しそうだ。


「熱はあるのか」


 イゼル問いに、びたっと手を止めた緋倉はにこっと微笑んだ。


「ありませんよ」


 ほっとしたイゼルは、先日里の民から貰ったみかんが台所にあると告げた。好きなだけ持っていくようにとも。

 そこから爽やかに去った緋倉は、みかんをいくつか服の中に詰めて彼女の待つ自宅に戻った。

 隣に座るなり料理をテーブルの上に置いていく。


「悪い。お前のこと風邪ひいてるって事にしたから、口裏合わせてくれよな。だから酒はこれだけで、二人で飲もう。それとほらこれ」


 酒の入ったグラス、皿に入った料理、そして緋倉が出したのはみかん。ゼネリアはみかんに釘付けだった。


「好きだろ、これ。イゼル様が心配してたぞ。熱はないかって。そしたらみかん、好きなだけ持って行けって。ちゃんと分かってんじゃねえの? 妹の好きな食べ物」


「……そんなの、ただの偶然だ」


 俯いた彼女の頭を撫でて、そっと酒を差し出した。


「今日ぐらいはそんな事言うなって。ほら、いい香りだろ?」


 グラスから、甘味の中にほのかに酸味があるような濃い香りが立ち込める。赤く色のついた酒は何とも濃いだろう。

 酒を飲むのは初めてのゼネリアは、その香りだけでも酔いそうだと、すっと緋倉にグラスを返した。


「じゃ、俺から先に」


 味わうと重みすら感じる濃厚さと芳醇さが口内を満たす。さすが最高級という酒、味が違う。

 ゼネリアに飲ませてみたい。そう思った緋倉は一口口に含むと、彼女の顔をくいっと上げて唇を唇て触れると、一気に酒を流し込んだ。

 ごくりと飲み込んだ酒が少々溢れたところを舌で唇ごと舐め取ると、ぴくりと反応して真っ赤に染まった。そんな彼女が愛おしくてたまらない。


「可愛い。もう一回」


「だめ! 次は味わって飲む」


 こんな事は二人きりの時しか出来ないうえに、恥ずかしがる表情も自分だけのもの。

 満足感たっぷりの緋倉にさらなる幸運が押し寄せてきた。それは酒と食事に満足した頃、酔いが回ったのだった。


 思ったより強い酒は、緋倉にとって適度な酔いに丁度いい。父親の司より母親の緋紙の方が酒に強く、緋倉は母親に似たのだろう。

 さて、彼女はどうだろう。腕の中で大人しくしている。眠ってしまったようだ。髪の色が白に近い灰色に変化しており、落ち着いている証拠だ。


 そっと抱き上げて布団へ運んで下すと、きゅっと緋倉の服を掴んだ。引っ張られた感覚に振り返ったときだった。


「行かないで。もっと口付けして」


 両手を広げて甘えてきた。


(何だこれ! 今ままで言われた事がねえ! 可愛い、可愛すぎる! まさかこいつ、酒飲んだら甘え上戸になるのか?)


 座って両手を絡めるように握った緋倉は細い指を自らの指でさする。落ち着くよう冷静になりながら、潤った瞳の彼女に「酔ってんの?」と聞いたのだが、まともな回答ではなかった。


「もっと、ぎゅうぅってして」


 この瞬間、理性が飛んだ緋倉は朝まで獣と化した。

 同時に外は土砂降りの雨が約一時間降り続いていたのだった。



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