番外編5-4 緋倉とゼネリア〜血抜きと報復〜
目が覚めると、私は緋倉の腕の中にいた。互いに何も着ていないまま、ベッドの中で眠ってしまったらしい。
鍛えられて引き締まった肉体の温もりが心地いいが、なんだか恥ずかしい。
寝息を立てている緋倉の腕の中から、彼を起こさないようにそっと抜け出した。
手早く着替え、心臓の鼓動が早くなるのを感じながら泊まっていた子作りをする宿から出ていく。
日が眩しい。とりあえず散歩しよう。
昨夜のアレは一体なんだったんだ。
ふわふわしてあんな声を出してしまって、緋倉はもっとって言うし、訳が分からない。
でも、緋倉があんな色っぽい表情するとは……。また見たい、してほしいと思ってしまうのは何故だろう。
夢でも見ていたようだった。後で緋倉になんて言えばいい? それより今私、どんな顔をしているんだ。
……思い出すだけで緋倉に満たされた感覚がある。
緋倉と顔を合わせづらい。まともに見れない上に、たくさん口づけをして欲しいなんて、心臓がおかしくなって――っ!!
――今、背中から鈍い音がした。痛みがある。何が起きた?
「まだだ、撃ちまくれ!」
その声の方向へ視線をやった瞬間、視界に入った矢が私の左腕と腹部を貫いた。
油断した。数人の人間が放ったこの矢、何か塗られている。体に力が入らない。
「見ろよ、言った通りだろ。飛び散った血で地面から花が生え始めたぞ」
急激な眠気と同時に視界が揺らぐと意識が飛んだ。
次に意識が戻った時は、何かに磔にされているようだった。指一本どころか瞼さえも動かない。あの矢に何が塗られていたんだ。傷口が痛む。
人間の雄か? 下品な笑い声が聞こえる。
「新年早々、こんなに楽に異種族を狩れるなんて、もっと早くやればよかったぜ」
「ダリスじゃ当たり前のことなんだろ? レイトーマとカトレアは安全だって思っている種族にとって盲点なんじゃね」
「だから二匹も来たんだろ。野郎はこの女を餌に引っ掛けるとして、この女の血……」
「治癒能力が高いって聞いてたけど、こんな草木を咲かせるなんて早速レア拾えてラッキー。花が好きな奴らとか貴族が欲しがりそうだ」
話し声から三人はいるのか。こいつら、緋倉も狙っている。せめて腕だけでも動いてくれればこつら皆殺しにできるのに。
(人を殺してはいけないよ。憎しみが憎しみを呼ぶ。不毛で無益なことだ)
……イゼル。お前の言葉がこんな時に浮かぶなんて。
「どうせ傷は早く治るんだろ。だったら先にある程度血抜きしてから売り払えばいい。これを人質にすれば次々釣れるだろ。手始めにあの連れの男から」
金属のようなガラガラという音がする。何をする気だ。血抜き? 嫌だ、あの時船の中で私の鱗が剥がされて……。あの大きな人間の沢山の手が……
昔の事を思い出すと同時に、腹部に強烈な痛みを感じた。冷たいものと熱を持って脈打つ肉体から、生暖かい液体が脚を伝っていのが分かる。腹を刺されるとすぐにそれを抜かれたんだ。
「見ろよ。いろんな花が咲いてるが見たことのないものばかりだ。学者にも売れるぞ。いけねえ、バケツだ
! バケツ用意しろ!」
「どうせすぐ治るんだろ? もう一箇所穴空けとこうぜ」
嫌だ嫌だ嫌だ! 誰か助けて。
「心臓は避けとけよ」
「この辺でいいか」
再び走る腹部の激痛と同時に浮かんだのはイゼルの顔とあの言葉だった。
(俺を兄だと思ってくれないか?)
歓喜の声を上げる人間の声など耳に入らず、思い浮かぶイゼルの事が頭に流れる。
このまま私が死んだら、イゼルはまた独りになってしまう。本当は分かっているんだ。イゼルが私の父親違いの兄だって。族長でなければ言いたいんだ。兄さんって。私の半分の血も同じ龍族なら堂々と言えたのに。何でこんなことを考える? ああ、そうか死ぬのか。死んだらどこへ行く? いい所には行けないだろう。
どうせならイゼルへの土産、渡したかった。私からだと受け取ってくれないかもしれない。きっと緋倉が渡してくれる。逃げて緋倉ーー。
***
目を覚ますと、腕の中にいるはずのゼネがいなかった。慌てた俺は当てもなく外を探し回る。人間の国で行きそうなところなんて飯屋しかない。
ほのかな残り香を頼りに探し回るのけど、こんなに匂いが分かるのもだったか?
「ゼネ……」
匂いが強くなってくると同時に恐怖で手が震えてきた。彼女の香りの中に血の匂いが混じっているのだから。
(この地下か?)
嫌な予感しかせず、地下の扉から漏れ聞こえる声は品のない興奮した雄の声。
ドアノブには鍵がかかっている。だが分かる、この中にゼネがいると。
扉を蹴破ると、俺は目の前の光景に悲鳴に近い声を上げていた。
「あ、あ、うああああああああ!」
どうしてこんな事に、俺が側にいなかったから、頭の中はそんな言葉しか流れず、何本ものパイプで腹を貫かれ血塗れになっている彼女に震える脚で近づくしかなかった。
「おい、昨日の連れだ。自分から飛び込んできてくれるとは、都合がいいぜ」
「まだ麻酔銃残ってるぞ」
そんな下衆な声など聞こえない。目の前の彼女を助けるのが先だ。
「今助けてやるから」
手足の拘束具を破壊し、血が吹き出すと分かっていてもパイプを抜いて解放し抱き抱えるが、ぐったりと動かない。
(死んだ? まさか、でもこの血の量……)
焦る俺の耳元に微かに聞こえる小さな吐息。
生きてる。そう確信した俺の背中に、何か打ち込まれた。数発のそれは視界を歪めていく。
「よし、効いてるぞ!」
「これもレアか?」
「どちらにせよ高値で売れるさ」
そうか、こいつらが……
こいつらが俺のゼネをこんなにしやがったのか。
その瞬間、震えも歪んだ視界も止まり、地に根を張るように立った。
「死ね」
冷静さも何もない。相応の報いを受けさせなくてはいけない。
気づいたら俺は、この場でもっと残酷な方法で人間を始末しようとしていた。
鼻から下の全てを土に埋めていたのだ。助けを乞うようにもがき苦しむ様を見て、吐き捨ててやった。
「……お前達人間は、そうやって助けを求める亜種族を殺し回ってんだろ。俺の番に手を出した罪、あの世で償え」
足元にかつんと当たるバケツの中に、種子が動いている血がある。ゼネのものだ。
こんなところに置いておかない。俺は自らの血で先にゼネの腹の中の傷口を塞ぐと、それも持って湿った地下から外に出た。外まで治せなかったから、早く薬華に診せなくては。
何事かとやってきた野次馬共がうじゃうじゃしてやがる。
「ひどい傷」
「誰か医者を呼んでくれ!」
人間のそんなものはいらない、そう言おうとした時、視界が揺らいで眠気が襲ってきた。
せめてゼネの傷だけでも塞ぎたがったがそれも叶わず、彼女を庇うようにして倒れ込んだ。
「何この血! 花が咲いた」
人間の嫌悪の声を聞いて。





