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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代

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27話 紙音の訴え

 突然逃げる様に紙音の家を飛び出したゼネリア。

 イゼル達一同は、その素早さにあっけに取られてしまったのだが、ユキネだけは違っていた。雪の中に潜り込み、モグラのように道を作っていくゼネリアを、目を輝かせて見ていたのだ。


「速ーい! すごーい! いーないーなー、ユキネもあれやってみたい!」


 その声で我に返ってすぐに追いかけたのは、最も若いゼンだった。

 反射的に紙音がゼンの名を呼び、イゼルにも追いかける事を促そうと彼の顔を見たのだが、どこか傷ついた表情をしていた。


「あなた、何故追いかけないのです? あの子、きっと私達全員が人間だと思って逃げ出したのですよ」


「……違う、あれは俺から逃げたんだ」


 脱力するように椅子に座ったイゼル。

 反省と深刻の表情を読み取ったムットは、スープを飲み終えて外に出て行こうとするユキネに声を掛けた。


「ユキネ、お父さんと二階で遊ぼう」


「えー、雪遊びしたーい。さっきのユキネもやるの」


「外をご覧、曇り空だ。天気が崩れるかもしれない」


 そう言うと、不貞腐れるユキネを連れてムットは二階へと上がって行った。

 その様子を見送った紙音は、イゼルの隣へ移動して椅子に座り、やや身を乗り出す。


「何があったのです」


「俺とあの子の問題だ。いくらお前でも話せない」


「そうやってあなた、誰にも言わずにお一人で抱え込んでいるのでしょう? ……話して下さい」


 イゼル手にそっと自身の手を乗せた紙音。温かみのある手はまるですべてを包み込むよう。

 不安と悲しみの心を解かされていくイゼルは「実は」と語り始めた。


「あの子を叩いて、顔を見たくないと言ったんだ……」


 イゼルは紙音に事の経緯を説明した。異種族狩りにやって来る人間を傷つけずに追い払っているのだが、数日前、ミッテ大陸の西の森で人間が惨殺された挙句氷漬けにされていた事を。


 イゼルの母でもあるゼネリアの母は、異種族狩りで捕らえられそうになったゼネリアを庇ったところ、心臓を刺されて殺されたという。以来、人間を目の敵にし、異種族狩りを目的としてミッテ大陸に上陸した人間を相手に母親の敵討ちをしている。

 故に数日前の事は、ゼネリアが犯した事だと推測していた。


「人間と同じ過ちを繰り返さない為、恨みを買わない為に生かしている。俺も変わり果てた母さんを見て、俺も何度人間を滅ぼそうと思った事か……! それでも俺は、そもそも命は奪っていいものではないと何度も言い聞かせて感情を抑えたんだ。なのにあの子は、何度言っても理解してくれない。あの子に流れる魔族の血がそうさせているかもしれないが、それでも半分は俺達と同じ血が流れている。いつか解ってくれると信じていたのに……。それでつい苛立って……」


「そう……、お義母様はそうして亡くなったのですね。それは、人間を恨んでも仕方がありません。ですがあなた……」


 反省の色を浮かべているイゼルの顔を両手で挟んだ紙音は、自身の方へ顔を向かせる。そして力一杯イゼルの頬を平手打ちした。

 体の側面に玄関の扉があるのだが、その扉を突き破って吹っ飛ばされたイゼルの体は雪の中に沈んだ。その口からは血が滲んでいる。

 紙音は家を出て雪を踏みしめ、イゼルの元に近づくと彼の胸倉を掴んで起こした。


「大人と子供は考え方が違います! まだ成長過程にある幼い子に大人と同じ考えが出来る筈がないでしょう!? 子供は正直です、きっと自分に正直に動いただけで、正直に事実を述べただけです! でも私は、それだけだとは思いません……」


 紙音の手の力が緩む。


「あなたは、自分が兄だと告げていないのでしょう? あの子は独り身だと思っているはずです。寂しいのですよ、甘えたくても甘えられる家族がいなくてっ……! それなのに何故です! 何故あなたはあなたと同じモノを求めるのですか! あの子はまだ、たった四、五歳の子供ではありませんか! 平和な時代から何百年も生きている私達とは違うのです……」


 紙音はイゼルに訴えながら涙した。

 きっと、多分、恐らくといった推測でしかないが、異界の生物というだけでゼネリアの父親がのけ者にされ、その子供であるゼネリアもその余波を受けていると思い、その気持ちが想像出来たのだ。例え誰か一体だけでも味方がいたとしても、家族がいる子を羨ましく思うだろう。


 これに何も言えないイゼルは、紙音に手を差し伸べる事すら出来ない。彼女の言葉の一つ一つが心に突き刺さって。

 イゼルから手を離した紙音は言う。


「行ってください、あなた。あの子を探しに行くのです。そして告げて。自分が兄だと、淋しい想いはさせないと……」


「……………」


「早く行きなさい! 私達の息子が見つけるより早く探し出して! 実の兄のあなたが行かなければ、あの子はもっと辛い想いをするんですよ!!」


 尻を引っ叩くような紙音の言葉に後押しされたイゼルは、迷いを浮かべながらも踵を返して森の中へと消えた。

 たった一人の身内を追って――。



 その様子を二階の窓から見ていたのはムットとユキネ。

 ムットに抱き上げられているユキネは疑問を口にした。


「ねー、おかあ、何でおじちゃんを怒ったの?」


 ムットはイゼルが消えた森を眺め、微笑んで答えた。


「大切な絆を取り戻して欲しいからだよ」





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