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君と共に綴る音色  作者: 藤田大腸
本編

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6/29

綴理のバイオリン

 ふいに、音楽大学付属中学校時代の同級生を思い出した。特に仲が良かったわけではないけれど、彼に関する逸話は今でも覚えている。


 彼の父親は有名なバイオリニストで、幼い頃からバイオリンを習い、コンクールで数々の賞を獲っていた。入学試験ではトップの成績を叩き出していて、入学式で新入生を代表し、挨拶代わりに一曲披露する栄誉にあずかることができた。


 そのときに彼が弾いたのが『G線上のアリア』だった。


 彼の音色は美しかったが、感動よりも先に不安感が募った。私と同い年とは思えないほどの技巧を持つ子と切磋琢磨することができるのだろうか、と。


 もっとも、本格的に切磋琢磨する前に私の心が先に折れて学校を去ることになったのだが……。


 幅木さんの奏でる『G線上のアリア』は、彼が入学式で奏でたものよりかは確かに劣るかもしれない。しかし下手、と自称するには謙遜が過ぎるレベルでもあった。


 ゆったりとして切ないメロディが、スーッと心の中に染み込んでくる。音楽ホールも兼ねた講堂の緊張した空気の中で迎えた入学式と違い、リラックスした状態で聴いているからなおさらだった。


 弾き終わると、幅木さんは深々と一礼した。


「お耳汚し、失礼しました」


 あくまでも謙遜する彼女に、私は拍手で応えた。


「とんでもない! すっっごく素敵だった! いや、お世辞じゃなくて! どう素敵だったかって聞かれたらどう表現していいかわからないけど、うん、すごく素敵だった!」


 ああ、自分でも何言っているのかわからない。幅木さん、黙りこくって明らかに引いてる感じだし。


「ごっ、ごめん上手く言い表せなくて……」

「いえ、私もそこまで褒められたことがないのでどう反応していいかわかりませんでした」

「あの、うち吹部だけど弦楽器担当もいて、オーケストラもできるんだ。幅木さんは入ってみようとは思わなかったの?」

「私の力じゃついていけなさそうなので」


 そう言うが、多分幅木さんより上手にバイオリンを弾ける部員はいない。マリリン先生は吹奏楽の経験はあるとはいえ、一般の大学出身だから音楽の専門教育を受けておらず、弦楽器の知識はほぼ無いに等しかった。だから弦楽器担当は合同練習以外は部活に顔を出さず、外部で個人レッスンを受けていた。


 そうやって腕前を磨いている部員よりも、幅木さんの方が上手だった。この子が入ってくれたらな、と心底願っていたが、幅木さんはどうも自分の力を信じられてないみたいだった。


「風原先輩。吹部の方はほっといて大丈夫なんですか?」

「……あっ!」


 ちょうどスマホがブルッと鳴る。詠里から「いつまでしてんだよもどってこい」というメッセージだ。「いつまで」「してんだ」の間にはうんちマークが3つつけられている。


「もう戻らないと! お邪魔してごめんね!」


 急いで出ていこうとしたとき、「あの!」と呼び止められた。


「またいつでも、本を借りにきてください。図書館には面白い本がいっぱいありますから」


 幅木さんは軽く微笑んでいた。心臓がふわっ、と浮き上がるような感覚を覚えた。まるで、小さい頃にコンクールで賞を獲ったときのような。


「うん、二学期に入ったらすぐに行く!」


 と言い残して部屋を出たものの、急にいろいろとこっ恥ずかしくなって顔が火照るのを感じていた。頭もまともに働かなくなって自分たちが入った部屋がどこだったのか忘れてしまう有様で、ウロウロしていたら楠葉に見つかった。


「美音、いつまでこもってるの! みんな心配してるわよ!」

「ごめん! ちょっとアレで……」


 わざとらしく腹をさすってごまかした。


「冷たいもの飲みすぎなのよ。さ、戻ろう。詠里が手ぐすね引いて待ってるから」


 吹部の部屋に戻った途端、詠里に「どんだけうんこ出してきたの!」と大きな声で笑われた。


「あのさ、もうちょっとお上品な言い方できない?」

「まあまあ。あたしのJoKeメドレーは下痢によく効くからたーっぷり聞いて治しな」


 詠里は終了時間まで延々と歌い続けた。すごい癖のある歌い方をするから聞いているだけで本当に下痢になりそうだった。


 *


「先輩? 風原先輩?」

「……あっ、ごめんちょっとぼーっとしてた」


 本の返却と貸出手続きの最中、つい去年のことを思い返していた。


「はい、返却は2週間後までにお願いします」


 今回借りたのは『ウォークオフゲーム』という高校野球小説。野球のことを全く知らない新人女性教師がひょんなことで野球部の部長になってしまい、人間性に問題のある監督や癖のありすぎる部員たち相手に奮闘しつつ甲子園を目指す……という、コメディ色が強い作品だ。


「先輩、結構野球好きなんですか? 今まで五冊ぐらい野球小説とか、野球選手の著書も借りてますよね」

「うん、すっごい好き」

「好きなチームはどこです?」

「地元なら麓南高校、全国ならやっぱり美爆音で有名な……」

「もしかして、応援で選んでます?」

「わかった? 良い演奏してるチームは大好きなんだよねー」

「わかります。大阪桐葉とか凄いですもんね。ここの吹奏楽部、推薦で上手な生徒を集めてますから」


 小声とはいえ、図書館にほとんど人がいないのを良いことについ会話を弾ませてしまう。


 最初幅木さんとは事務的なやり取りしかしなかったものの、一言二言と雑談をしていくうちに向こうから話しかけてくるようになった。部活の様子。本について。学校行事のこと。いろんな他愛もない話。2週間ごとに幅木さんと話をするのが楽しみになっていた。


 でも、図書館でのお話だけじゃもう満足できなくなってきている。私より年下なのに聡明で大人びている幅木さんのことをもっと知りたいし、私のことも知ってもらいたい。学年は違うけど対等な友人関係を築きたかった。その一方で幅木さんが迷惑じゃないかと考えてしまい、積極的に距離を詰められない自分がいた。


 振り返れば、ここに来てそれなりに友人関係は築けたけど、みんな相手からアプローチしてくれたのがきっかけであって、こちらからアプローチしたケースはまったく無いことに気づいた。私は結構受動的の性格なんだなだと今更ながら自覚したのだった。


「ただいまー」


 帰寮して、誰もいない部屋に向かって挨拶した。中等部卒業後、私は実家を離れて菊花寮で暮らし始めた。昨年に入寮希望届を出した際、桜花寮か菊花寮か選べと事務員さんに言われたときはびっくりした。学業面では三学期の期末テストで奇跡的に二桁順位に食い込めたぐらいでしかなかったが、小学校時代のコンクールの成績と将来性を考慮したら入寮の資格がある、ということらしかった。中等部時代は一度しかコンクールに出ていなくて、しかも全国大会へ行けなかったにも関わらず。


 ただし今後の成績次第では桜花寮に戻ってもらう、とも言われた。昔この部屋を使っていたソフトボール部の伝説の先輩、下村紀香さんは一年生からレギュラーで活躍してたのに、学年最後の期末テストがボロボロで桜花寮に行かされたらしい。いまだ吹奏楽部でさしたる実績を残していない私の方が立場が悪いから、今年の吹奏楽コンクールは最低限でも全国大会に出ないと間違いなく桜花寮行きになるだろう。


 もっとも、どっちにしろ片道一時間半かけて通学する辛さは味わわなくて済むのだけれど。


 窓の外を見やれば中等部菊花寮が見える。幅木さんが住む高等部桜花寮はその向こう側にある。今何をしているのだろうか。


「ふう……」


 私はベッドに横になって、少し読書することにした。


 読むのは図書館で借りてきた本ではなく、去年の星花祭で文芸部が出した冊子。ふらりと文芸部のブースに立ち寄って何気なく手に取ったものだ。内容は異世界ファンタジーからミステリーにホラー、恋愛と様々でボリュームたっぷりだ。


 その中でも「プリンス」というペンネームの生徒の作品が印象に残っている。『小説 日本昔ばなし』というタイトルの小説は、とある日本の村に伝わる魔物退治の昔話が時代の都合で改変されていき、不快な表現、差別的表現は全てなくなり、ついには村人と魔物が仲良くなる話に変わり果てるという内容だ。ラストで保育士さんが改変されまくった話を園児に読み聞かせる前に「昔話をしましょう」と締めくくるシーンは、なかなか皮肉が効いているなと思った。


 この小説はゲスト投稿者コーナーに記載されていた。つまり文芸部員ではない。それでも文芸部員の作品と遜色ない文章力だ。私はこのプリンスという生徒が何者なのか気になって仕方なかった。クラスメートの文芸部の子に聞いたら教えられない、と言われたので正体はまったくわからない。プリンスっていうぐらいだからカッコイイ系なのだろうか。星花にはプリンスと呼ばれそうな生徒は何人かいるけれど。

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