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君と共に綴る音色  作者: 藤田大腸
本編

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26/29

吐露

 根尾部長に許可を貰い、緊急の学年別ミーティングという名目で話し合いが行われることになった。高等部一年生部員は全員2年8組(仮)に集まり、京橋さんも同席した。車座を組んで、私の両隣に古屋さんと京橋さんが並ぶ格好となる。


「まず、昨日は本当にすみませんでした」

「あー、リレーのことは気にしなくていいから。風原さんが爆走してくれたおかげで敢闘賞取ったんだよ」


 古屋さんの隣、私と逆側には竹田さんがいて、古屋さんの肩に手を添えて優しく言うと、ほんの少しだけ古屋さんのこわばった顔が和らいだ気がした。


「それよりもカロちゃんのことよ。何があったのかぶっちゃけてよ」


 私からも「無理しない範囲でいいからね」と添える。


「はい……実は私、京橋さんを呪いました」

「……え?」


 最初はみんなキョトンとしていて、冗談を言っていると思ったのか笑い出す子もいた。だけど理由を絞り出すように語りだすと、空気が少しずつ変わっていった。


 その中で古屋さんは打ち明けた。私のことが好きなのだと。これは竹田さんが思っていた通りだった。しかし私にも恋愛成就のおまじないをかけていたことを打ち明けると、みんな顔色を変えた。私が以前古屋さんからもらったはちみつレモンには、古屋さんの髪の毛を煮出した水が使われていたという。


 生理的嫌悪感より、古屋さんが私のことを好きだったということの驚きが上回っていた。


「私、風原さんに振り向いてもらうためにどれだけ謝っても許されないことをしてしまいました……」


 呪いやおまじないは非科学的なものだけれど、私は信じている。小学校の頃、やんちゃなクラスメートが通学路脇のお地蔵さんを蹴倒したことがあった。その子は後日、何かよくわからない名前の難病にかかって一ヶ月もの間入院してしまったのだが、お坊さんに供養してもらったらウソみたいに快癒して、それ以来すっかり大人しくなった。


 古屋さんも決してふざけてやっていたとは思えない。私との恋に悩み、京橋さんを疎んじた結果呪いに走ったが、怒りの気持ちはなかった。


「いや、ちゃんと話してくれてありがとうね」


 そういう言葉が自然と口から出てきた。古屋さんはもう涙で顔がくしゃくしゃになっている。


「でも、京橋さんは……」

「あはははは!!」


 京橋さんはお腹を抱えて笑い出した。


「呪いなんてマジで効くと思ってたんだ! バッカじゃねえの? って言いたくなりますよ!」

「京橋さん、そんな物の言い方はないよ!」


 私は声を荒げたが、京橋さんは堪えていない。


「いやだって、古屋先輩が借りた恋愛のおまじないの本、あれ私の家にありますもん」

「え……?」

「内容は胡散臭いものばっかりだけど、挿絵が結構えっちなんですよねえ」


 本の特徴を話したが、古屋さんは否定しなかった。本当に持っているらしい。


「兄さんが買ってきて、実際気になってる同級生の女の子に試したんですよ。そしたらどうなったと思います? フラレた上に嫌われたあげくにイケメン君に取られてしまいましたとさ、めでたしめでたしですよ! あはははは!」

「そんな……」

「古屋先輩、がっかりしましたあ? でも呪いが本当なら風原先輩、今頃古屋先輩のこと好きになってないとおかしいでしょう?」


 私に視線を向ける。暗に古屋さんのことが好きですか? と聞いてきている。


「うん、多分古屋さんが思っているような効果は出てない、かな……」

「じゃあ、京橋さんの怪我は……」

「もともと足が悪かったんですよ。でも体育祭のリレーぐらいなら、と調子に乗った結果がこれ。私のせいですね」


 京橋さんはゆっくり立ち上がって、ケンケン歩きで古屋さんの後ろに回った。


「なので、私はまーったく気にしてません。はい、これ使ってください」

「京橋さん……」


 京橋さんに差し出されたハンカチを、古屋さんは受け取る。


「だから、古屋先輩も気にしないでください。風原先輩は古屋さん汁を飲んじゃいましたけど」


 古屋さん汁という単語に、みんなどっと吹き出す。


「う、うん。私もそこまで潔癖症じゃないし、気にしてないから。でも味は美味しかったよ」

「味はいいそうですよ? 次も作ってあげましょうよ。古屋さん汁」

「い、いやもうしませんよ……」


 またみんなで笑い出した。


 みんなで一緒に解決しよう、と言ったものの終わってみれば京橋さん一人の力で場が収まった形となり、先輩としてちょっと情けない気持ちにはなったけれど、これでひとまずは一件落着かな。


 部活が終わり、京橋さんは改めて病院に行くことになった。古屋さんも罪滅ぼしにとばかりに一緒についていくことにしたが、その前に古屋さんが私に言った。


「体育祭のとき、赤縁眼鏡の図書委員の子とお弁当食べてましたよね」

「あっ、うん」

「なかなか親密そうでしたよね。口元拭いてもらって」


 ギクッとなった。見ていたのか。


「実際のところどういう関係なんですか?」

「去年、私がまだ中等部だった頃に本を借りたときに知り合ったの。実は古屋さんみたいなこと聞いてくるのが多くてね、別に何もないのに……」

「正直に話します。私、図書委員の子も呪おうとしました」

「……何だって?」

「親密にしているのを見て怒りが湧きました」

「……」


 自分に変なおまじないをかけられても出てこなかった怒りの感情が、今になってグツグツと腹の底から湧き上がってきたのだ。


「そう、今の風原さんのように」


 どうやら顔に出ていたらしい。


「怒るのは、あの子があなたにとって大切な人だからでしょう?」

「……そうだね」


 否定はしなかった。私だけならともかく、幅木さんを巻き込もうとするのはさすがに許せなかった。


 私も人間だから、生きている中で怒りの感情を抱くことは何度もあった。だけどあと一歩で怒りが最悪の形で爆発しそうになったのはこれが初めてだった。実際そうなってしまったら最後、二度とと古屋さんとの仲は元に戻ることは決してない。


 落ち着くんだ私、と言い聞かせる。ふと、前に借りた『先輩のための教科書』に載っていたアンガーマネジメントのやり方を思い出す。6秒待てば怒りのピークが収まるという。大きく息を吸って吐いて6秒……。


 気のせいかもしれないが、ほんの少し冷静になれた。改めて口を開く。


「……だけど、古屋さんはちゃんと正直に話してくれたよね。じゃあ一つ、代わりに私からも正直に話す。昨日、あの子から告白されたんだ」

「やっぱり。返事はしたのですか?」

「保留してる」

「どうしてですか?」

「何か、怖いんだ。恋人どうしになったら相手の嫌なところを見るだろうし、自分の嫌なところを見られるだろうし……」

「風原さんって、結構優柔不断なところがあるんですね」


 全くその通りで。反論の余地はない。「ホント、情けないよね」と吐き捨てるように呟いた。


「でも、私の口から言えたことじゃないですけど……嫌なところを見せあっただけで冷めるようじゃ恋愛関係なんか築けないと思います。人間、誰だって一つや二つは短所があるんですから。現に、風原さんの優柔不断さを見ても私はまだ風原さんのことが好きですよ」


 古屋さんはニコッと笑った。


「でも、私にはもうあなたの恋人になる資格はありません。ですから今度は、風原さんの恋が実るよう祈らせてください」

「古屋さん……」

「大丈夫、二度と呪いなんか使いませんから」


 古屋さんの言葉は私の目を覚まさせてくれた。


「……ありがとう、古屋さん。私、頑張るよ」

「いい報告を聞かせてください」


 怒りの感情は勇気に姿を変えていた。

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