体育祭明け
翌朝、私はどうにかいつも通り部活に顔を出せた。それでも頭がまだふわふわするし、体のだるさが残っている。
古屋さんは姿を見せていない。詠里と樟葉も来ていなかったが、この二人は練習前のミーティング開始時間ギリギリでやってきた。吹部では五分前行動が原則だから実質的な遅刻だ。
「遅くなってすみませーん……」
急いできたらしく、詠里たちは息を切らしながら謝罪した。
「遅刻ではないけれどもう少し余裕を持って来なさい」
根尾部長に注意された二人は申し訳無さそうに私の側の席に座った。よく見たら。二人とも目の下にクマができている。
「寝てないの?」
私が小声で聞くと、二人ともうなずいた。
「楠葉と夜通しで話し込んでたから……」
「なるほど。練習終わったら早く帰って体休めなよ」
人のことは言えないのだが。
「みんな揃った? じゃあ今からミーティングを……」
再びガラッとドアが開く。私は古屋さんが来たのかと思ったが、
「遅くなってすみませーん!」
明朗快活な謝罪の声。来たのはなんと京橋さんだった。彼女は松葉杖をついていた。
「え、京橋さん……!? あなた病院じゃないの?」
「なんか午前いっぱい予約で埋まっちゃってるみたいなんで、午後から行きまーす」
第一音楽室内がざわつく中、
「あ。昨日はお騒がせしてすみませんでした。リレーに参加できなくて申し訳ないです」
ぺこりと頭を下げる京橋さん。
「体育祭のことは良いから……無理はしないでちょうだい」
「大丈夫です! 手さえ動けばどうにかなるんで!」
京橋さんはニコッと笑った。だけど松葉杖と足の包帯がどうしても痛々しく見える。
古屋さんはついに来なかった。普段通りミーティングが始まって、根尾部長から改めて体育祭のねぎらわれ、吹奏楽コンクールに向けて団結して臨もうという言葉をかけられた。
パートごとの練習でトランペットパートはいつものように2年8組(仮)に移動するが、そのためには三階の第一音楽室から二階へと降りなきゃいけない。しかし京橋さんは松葉杖の扱い方に慣れているのかスイスイと移動するし、階段については校舎内にはエレベーターがあるのでそっちを使えば何の問題もなかった。
「私、元々アキレス腱に爆弾抱えてたんです」
ウォームアップに入る前に、京橋さんから告げられた。
「何度かアキレス腱痛めちゃって、お医者さんからも陸上はやめなさいって言われちゃって。だから中学生になったら、どうせなら何かやったことがないことに挑戦しようと吹奏楽部に入ったんです」
「私に惚れたとか言ってたけど?」
「それも本当です。歓迎会での風原先輩の演奏は凄かったですもん。でも、その前の合唱部も良かったんで正直、どっちにしようか迷いましたけどね」
京橋さんはまったくあっけらかんとしている。大きな怪我をしているのに。この子はなんてタフなんだろう。
「ところで部長の方こそ大丈夫なんです? さっきしんどそうに歩いてましたけど」
「ああ、筋肉痛らしいよ。京橋さんと古屋さんの代わりに二人分走ったもん」
「ええー!? やっばー……後で部長に謝んなきゃ……って、古屋先輩にも何かあったんですか!?」
「あっ……」
しまった。京橋さんは緊急搬送されていたから、古屋さんまでもリタイアしたことは知らなかったのだ。リタイアの原因はおそらく京橋さんにある。だけど今の段階でそのことを話すべきではなかった。まだ古屋さんからちゃんと事情を聞けてないのだから。
「その、まあ……」
どうごまかそうか頭を捻っていたら、スーッ、とドアが開いた。
「あ、あの……」
「古屋さん!?」
うつむき加減に入ってきたのは、間違いなく古屋さん。だけど京橋さんの姿を見るや目を大きくひん剥いて、踵を返して逃げ出した。
「あっ、古屋先輩! ちょっと待って……」
「あぶない!」
京橋さんが立ち上がろうとしてバランスを崩しかけたが、私はどうにか支えたから倒れずに済んだ。「待ってて」と京橋さんに言い残し、代わりに古屋さんを追いかける。
「古屋さーん!」
二階には体育館に続く渡り廊下がある。古屋さんはパニクっていたのか、なぜかそっちに逃げようとしていた。足の速さでは古屋さんの方が上だ。だけどあいにく、出入り口のドアは閉鎖されていた。授業が無い日は通常、運動部員たちは一階からのみ出入りするからだ。
ガチャガチャとドアをこじ開けようとする古屋さんに、私は声をかけた。
「古屋さん……」
「いっ、いやっ! 来ないでください!」
へたり込んで身を震わせる古屋さん。私も腰を落として、古屋さんに目線を合わせた。
「古屋さん、何があったのか正直に打ち明けてほしい。私たちに何かしてあげられることがあればしてあげたいから」
「だっ、だけどあの子が……」
「京橋さん? やっぱりあの子と何かあったんだ。竹田さんたちも心配してたんだよ。さ、戻ろう」
優しく声をかけながら、古屋さんの手を取った。無言のままだったが、振りほどくことなく一緒に立ち上がってくれた。




