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君と共に綴る音色  作者: 藤田大腸
本編

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19/29

お昼時のハプニング

「いやいやいや、まさかうちの綴理とお友達どうしだったとは……」

「ご縁があったんですなあ。ガハハハ!」


 父さんは幅木さんの父親とノンアルコールビール缶を強くぶつけ合った。本物のビールを飲んでるときと同じぐらい上機嫌なので、実は飲酒していないか心配だった。体育祭はアルコール持ち込み禁止だし。


 幅木さんは女の子の隣に座っている。この子は幅木さんの妹で名前をしおりといい、現在小学六年生とのこと。


「O市からだと全然遠いのによく来たね」

「車だと高速道路を使えば二時間ぐらいですから」


 しおりさんは淡々と答えながら、水筒の飲み物に口をつけた。


「私はしおりの運動会に行けなかったのにわざわざ来てくれて……何だか申し訳ないね」

「ううん、前から姉さんの学校がどんなのか見てみたかったし、来れてよかったよ」


 幅木姉妹はお互い微笑む。二人とも笑い方がそっくりで、やっぱり姉妹だなと認識した。


「なあ嬢ちゃん、うちの美音が迷惑かけてない?」


 兄貴が唐揚げをつまみながら幅木さんに尋ねた。こんなチャラい見た目だからか、幅木さんがちょっとビビってる気がする。


「い、いえ。迷惑だなんてそんな……」

「じゃあ良かった。こいつ、家から通いだった頃は学校のこと全然話してくれなかったからちゃんと友達できてるか心配でさー」


 小学校の頃までは話はしていた。だけど音大付属中学で嫌な思いをしてから、星花に転校しても一切学校のことは口にしなかった。星花に慣れてきた頃には兄貴は大学受験に入り、朝は学校で早朝補習、夜は塾通いでそもそも会話する余裕が無かった。東京の大学に進学してからはたまに実家で顔を合わせるときでも学校の話は全然していない。星花生としての私を知るのは今日が初めてだろう。


「ま、とりあえず食べようや。腹減ってるだろ」


 兄貴が薦める。幅木さんも私と同じくサンドイッチ弁当だ。私はたまごサンドから手をつけた。塩味が少々濃い目だけれど汗をかいた後にはちょうどいいかもしれない。


「幅木さん、さっきの騎馬戦すごかったね。むちゃくちゃ速かったもん」

「いえいえ、そんな」

「姉さん、かっこよかったですよ」


 しおりさんがスマホを見せる。砂塵にまみれながらもただひたすらに驀進する幅木さんの勇姿がばっちり動画に収められていた。みんな手を止めて動画をまじまじと見ている。


「騎手を映さないで私ばっか映して……」


 幅木さんは恥ずかしさに耐えられなくなったのか、画面から目を逸らした。


「美音も頑張ってたよな」


 今度は兄貴が私のムカデ競争の動画を見せてきた。足並み揃わず潰れたところで「わわっ」という兄貴の大きな叫び声が入っていた。だけどその後のリカバリーはうまくいって逃げ切りで一位。我ながらよくやったなと改めて感じる。


「うちの娘はあんまり運動神経は良くありませんが、一所懸命やったら結果が出るんですよ」

「全くそのとおりです!」


 幅木さんの父親と父さんがまたまた乾杯する。もう何本目かわからない。


「ノンアルコールビールってそんなに美味しいものなのかな」


 幅木さんに聞いたら「飲んだことないのでわかりません」と。そりゃそうだろうな。幅木さんが缶をカシュッと開けてグビッと飲んでプハーッと息を漏らす姿がまったく想像できないし。


 お茶で水分をしっかり取りつつ、ハムサンド、カツサンドとおかずを平らげてから、いちごサンドをいただく。生クリームたっぷりでこれが一番美味しかった。


 幅木さんは一足先に完食していた。


「今日は早いね。よっぽどお腹空いていたの?」


 しおりさんが紙コップにお茶を淹れて、私と幅木さんに差し出す。


「だってこんなに動くの久しぶりだし……あっ」


 幅木さんが私の顔を見るなり、しおりさんに「ティッシュちょうだい」と言った。ポケットティッシュを受け取ると一枚取り出して、


「失礼します」


 そう一言断ってから、何と私の口元を拭った。心臓がドキンッ、と跳ね上がった。


「はっ、幅木さん!?」

「すみません、口元にクリームがついていたので……あっ!」


 幅木さんが急にムンクの「叫び」に似たポーズをとった。


「すっ、すみません! つい無意識で……その、体動かしたせいで頭が鈍ったというかなんというか……」


 しどろもどろで弁解する幅木さん。そのうち半分も私の耳に届いていない。行動が唐突かつ大胆すぎたので脳がバグってしまい、聴覚情報処理に影響が出ているのかもしれなかった。


 うちの両親と幅木さんの両親はお互い会話に夢中でこちらのやり取りを聞いている様子もなく、兄貴はスマホを弄ってたからやはり聞いていなかった。一部始終を見ていたのはしおりさんだけだ。


「ふーん、なるほどなるほど」

「何がなるほどよっ」


 幅木さんがアワアワしながら火消しにかかる。目の前で姉妹漫才が繰り広げられていても私は何が何だかわからずぼーっとしていた。


「本当にすみません!」


 幅木さんは半ばやけくそ気味になって頭を下げたところで意識が戻り、風原・幅木両家族が何事かと私たちを見てきた。


「いや、どうもありがとう……」


 私の口からはそれしか出てこなかった。


 *


 旧校舎横にある古びたトイレ。誰も使わず清掃もされず放置されたまま、入り口には「使用できません」の張り紙がしてあったが中に入ることはできた。


 そこで私は声を絞り出した。


「何で……? 何で……? いつの間に風原さんとそんな仲になっていたの?」


 両親とご飯を食べている最中、見やった先にたまたま風原さんの姿を見つけた。でもそこには図書委員の子も一緒にいた。


 そいつ(傍点)が風原さんの口元を拭っているのを見て、腹の底からどろどろしたものがせり上がってくるような感覚に襲われた。


「私が、私の方が毎日風原さんと一緒にいるのに……」


 風原さんは単なる知り合いみたいな風を装ってたのに。


 いや、まだ私には恋のおまじないがある。この前風原さんに飲ませたはちみつレモン。原液を薄めるのに使った水は私の髪の毛から取った「出汁」を使っている。丸一日かけて天日干しした髪の毛を8時間かけてじっくり煮出した「出汁」は媚薬になる、と『恐ろしいほど効く恋愛の呪術』に書かれてあった。あと二、三回飲ませられたら私の方になびくはず。


 この本には恋敵を呪う方法も記載されている。ただ実行するには相手の名前が必要で、残念ながら図書委員の名前を私は知らない。


 八つ当たりじゃないがその分、開会式で私に恥をかかせた新入生に怒りを向けた。


「京橋琴絵……あいつだけは絶対に許さない」


 私は壁に指を当てて大きく丸を描いて、その下に小さく「大」の字を描いて頭でっかちの棒人間を作り上げた。ペンを持っていないが指でなぞるだけでも効果はあると本には書いてある。


 顔の部分に「京橋琴絵」と書くと、ためらわず和式便器に溜まっていた汚水に指を突っ込み、棒人間になすりつけた。自分が好きな人を狙っている恋敵に災厄がふりかかる呪いだが、さすがに破滅に追いやる程の効果はない。せいぜい好きな人の目の前で何か失敗して恥をかかせ、失望させる程度のものだ。


 例えば、部活対抗リレーでこけるとか。その程度でも期待の一番手が失敗したら、風原さんの評価はもちろん、期待していた部長の評価も下がるだろう。足に自身があると大口叩いてたからなおさらだ。


 まずは京橋を追い落とす。図書委員はその後だ。

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