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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
最強強化特訓
70/70

プラン変更

『妙なヤローがこっち見てましたぜ』


 瓶の中身を柄杓でかき混ぜるエンコウにシバガミは気だるそうに言う。


「……知っとる、ほっとけ」


『マジッスか? 割と嫌な感じがする奴だったンスけど』


「……関わらん方がええ、お前らどころかワシかて下手したら殺される」


『激ヤバじゃないっスか!? ンでそんな奴が……』


「九尾狐の気配を感じたんか……」


 エンコウは作業を止め、柄杓をシバガミに向ける。彼は素早くその柄杓を受け取り棚に戻して、そのまま作業場の扉を開けた。


『九尾狐って、何者なンスか』


 巨大な犬の怪物へと変身し、エンコウを肩に乗せて歩きながらシバガミは言う。


「何者……いう程の子でも無かったんや。ただちいと()()()()()気が強かった」


『どういう事っスか?』


「難しく考えるのが嫌い、というんかな。昔っから、頭使ってる人間を見ると、嫌な顔しとったわ……才能というか、あの子は天才的に恵まれとるから、周りの苦労や苦悩に共感が出来んかったんやろ」


『贅沢な悩みっスね』


「悩んどらん。あの子にとって『悩む』っていう時間はカスほど価値の無いモンやからな。やりたいようにやる、それ即決即断ですぐ動く。だから悩まん」


 ただのやばい奴じゃね? そう思ったが、九尾狐を語るエンコウがどこか懐かしそうに、柔らかい雰囲気で話しているのを感じとり、シバガミは何も言わなかった。


『……それで、その九尾狐がエンコウさんに絡ンで来た事と、あの妙な奴がこっち見てた事と、何の関係があるンスか?』


「そこまではワシも知らんし、知りとうも無い。大方狐の坊が変な恨み買うたんやろ」


『ゲ、とばっちりじゃないっスか! もう九尾狐と関わるのやめた方が良くないっスか?』


 シバガミが言うと、エンコウは小さくため息を吐いて頷いた。


「そのつもりや。なんやよう分からん組織を作ろうともしとるみたいで、何がしたいか分からん。ワシも勧誘されとるし、『馬』にも声かけよう言うとる」


『組織っスか……なンすかね、世界征服でもするつもりなンスかね』


「……ありきたりやな、やけどそういう奴に任せた方が世界も安定するんかもな。厄介な事に、狐の坊は世界なんかに興味無いと思うで」


『じゃあ…なンの為に組織なンか……? 力をつける意味が分かンねぇっスけど』


「考えるだけ無駄や。今は余計な刺激せんように報酬分の仕事はしとったらええ」


 猿回村という場所と、活動する為の体。九尾狐から提供された()()()()()。一時的にでも協力関係を結ぶにはあまりにも十分すぎる対価だった。


 それ故に、かなり怪しくもある。世の中、上手い話には裏があるモノだ。


(狐の坊、魂喰たまぐらいがどうこうも言うとったな……まかさとは思うけど『月崎一族』と喧嘩するのに巻き込むつもりやないやろな……)


『お、キジマ』


 2人の前に巨大な鳥が舞い降りる。


『シバガミの言ってた変な奴、もういないじゃない。気にしすぎなのよ』


『ああ、エンコウさんにも言われたな。なんかヤベェ奴が集まってるみたいだぜ』


『えぇ……嫌なんだけど、普通に静かに暮らせないものかしらね』


 若い2人を見ながら、エンコウは思う。不測の事態に備えて、強化を図るべきか、と。戦う為というより、生き延びる為の術を覚えさせるべきか。


「シバガミ、キジマ、ちょっと忙しいなるぞ」


 エンコウは、迫り来るかもしれない脅威に、心底うんざりしたため息を吐く。


 猿回村消滅、3週間ほど前の出来事だった。


────────────────────


「あえっ!?」


『起きたぁ!』


 目を覚ませば、アサが覗き込んでいた。今にも泣き出しそうになりながら、不安そうに八夜を見つめていた。


『良かった、マジで……息してなかったから、ほんとに、待って、この指何本に見える?』


 そう言ってアサはピースサインを向ける。


「……もう一度遠くへ行け遠くへ行けと僕の中で誰かが」


『ぶっ壊れとるやんけっ! あンのクソボケ今すぐぶっ殺す……事が出来なくても! これならいっそ死んだ方がマシだと思うぐらい酷い目に合わせてやるっ!』


「うそうそ、ごめん、2本だよ、ちゃんと見えてるよ。それよりもさ、今何時?」


 ゆっくりと上体を起こし、キョロキョロと辺りを見回す。どうやらここに時計は無いようだ。同じようにアサもあちこち探し回ってくれたが、結果は同じだったようで、呆れたように肩をすくめるだけだった。


「あ、スマホ」


 流石に戦闘中に持っていたら壊れる可能性の方が高いと判断し、バッグの中にしまっておいた事を思い出した。そんな意図を汲んでくれたのか、アサが走って取ってきてくれた。


 幼い姿でパタパタと走る姿は、とても愛らしい。


『私達同い年だよ。なんでちょっと子供を微笑ましく見つめる母親みたいな顔してんの』


「ええ? そんな顔してた? なんか一生懸命走ってるの可愛かったから」


『そんなところで可愛がられるのなんか不服! もっとこう、女の子らしいところを褒められたい!』


「えー、難しいな、可愛いは可愛いだよ」


『今の可愛いって動物的な可愛いでしょ!? ペンギンの行進とか駆け寄ってくる子犬とか! そういうんじゃなくて、もっとこう、髪をかき上げる仕草が可愛いねとか、目が大きくて綺麗だねとか!』


「妙に具体的だなぁ……んー、でも私的にアサの一番可愛いところはほっぺかな、むにむにで癒される」


 両手でアサの頬を包み、そのままむにむにと揉む。しばらく『あうあうあ』と唸っていたが、諦めたように大人しくなって、黙ってバッグを渡した。


「忘れてた、ありがとう」


『時間見るよりほっぺ揉むのに夢中になる事ってある?』


 表示された時刻は12時45分。ここに来て特訓を始めたのが大体10時過ぎぐらい、そこからあっという間に瀕死にされたから、ざっくり計算して2時間半。


「回復、昨日と同じくらい……なのかな」


『ちょーーーーーーーーーっとだけ早い』


 微々たる差だし、そもそも多分八夜の力では無いという、残念な確信があった。八夜はカイシの言葉を思い出す。「俺が少し手を加えたから」と、そう言っていた。


「私……なんかされてる?」


 意識が朦朧として、死すら覚悟、いや、そんな意識すら消えかけていたあの時、朧げながらかろうじて覚えている事。()()()()()()()()感覚。


「アサ、私の体の中、変な物ない?」


『変なものー? いや、特に、綺麗な中身だけど、なんか違和感ある?』


「いや、実はね」


「起きたか」


 開きっぱなしになっていた出入り口から、カイシが顔を覗かせて言う。その顔を見た途端、アサは敵意と牙を剥き出しにして低く唸っていた。反対に、八夜は一気に冷や汗が噴き出す。


「ひぃ」


 別に悲鳴をあげたかったわけじゃない。ただ、変に緊張して言葉が上手く出なかっただけだ。しかしそんな意図は勿論伝わるわけも無く、カイシは元々鋭い目つきを更に尖らせる。


「いちいち怯えるな、今日はもうしない」


「あ、あの、すみません……何も出来なくて」


「反省点と今後の方針を話す、二階にある食堂に来い」


 それだけ言って、さっさと行ってしまった。心配など勿論しているわけないが、怒っている様子でも無く、何かどこか淡々としていた。


「ダメだった時は代わりを探す……」


『素質があるとか言ってた割には大して期待してないって? どこまでもムカつく』


「敵いっこないって分かってるけど、アサの姿勢は見習っていこうと思うよ。気持ちで負けてちゃダメだよね」


『ええ? もしかしてヨル、ちょっと乗り気なの? ダメだよあんなんになったら! ヨルには優しい女の子でいて欲しい!』


「流石にあんな淡々と人を壊せるようなにはなれないよ……」


『ならんでいいならんでいい。それより二階に来いだってさ、もうお昼だしなんかご飯食べさせてくれるのかね』


「まっさかー」


 苦笑しながら2人で二階に向かう。談笑しながら、しかし八夜は自分でも、うっすらと小さな変化に気付いていた。殺されかけたのに、平気で笑っている。何故だか本当に分からないが、心に余裕がある。少なくとも、いつもみたいにアサに慰められていない、軽口を叩き合って、まるで部活帰りのようだった。


 これは成長なのだろうか、それとも『手を加えられた』からなのだろうか。こんな風に考えていても、不安のようなものは湧き上がってこない。なんだかひどく冷静だ。


 自分が自分じゃないみたい、なんて、実際はそんな感覚も無いまま階段を登っていく。


「うん?」


『マジか』


 2階に近付くにつれて、鼻腔をくすぐる良い匂いに2人は目を丸くした。まさかと思い、足を早めて食堂に向かい、扉を開ける。


「来たか、とりあえず座れ」


 そう言って、カイシが指差すその先にはテーブルが埋め尽くされるほどのご馳走が並べられていた。和洋中問わず、様々な料理がホカホカと湯気を立てている。


「あの……これは」


「昼飯だ」


 至極当然と言うか、見たままというか、当たり前なんだけど状況的にありえないと思っていた事をあっさりと答えられた。


「……あ、カイシさんの」


「俺はもう食えん。全部お前らが食うぶんだ」


『つまみ食いしすぎやろ』


「アサっ」


 相手がどうとかいうより、せっかく用意してくれたのに対してあまりの言い草だった。


「全部、私の、その、私達の為に、わざわざ?」


「必要な事だから用意しただけだ、もてなす気とかは無い」


「必要……」


「分かってないな。お前が想像してるより喰うって事は重要だ、さっさと席について喰え」


 これ以上無駄なやり取りはしない、と、鋭い眼光で訴えられる。おずおずと席につき、並べられた食事に改めて目をやる。魚の煮付け、ステーキ、野菜の炒め物に、魚介風味のスープ。それぞれの料理の匂いが鼻腔をくすぐると、途端に空腹感が湧き上がる。


「あの……いただきます」


 カイシは何も言わず、黙って頷いた。


 空腹に従い、アレもコレも次々に頬張る。そのどれもが、食べた事が無い美味しさで、一口噛み締めるたびに驚きと感動で目が輝いた。


「食べながらで良い、これからの事を言う」


 カイシは向かいに座り、淡々と話す。


「俺が悪かった」


「んぐっ!?」


 まさかの言葉に、思わず喉が詰まる。急いで水を飲んで流すが、信じられない謝られた。


「そんなに弱いと思わなかった」


「んぐぐ……」


 直後がっかりされて、がっかりした。いや、自覚はしていたけれど、そんなストレートに言われると普通に傷つく。


「だからプランを変える。お前がまずすべき事は、自分自身を超える事だ」


「自分を……超える」


『急にロマンチックな事言い出した……』


 冗談混じりにアサが言うが、正直同意だ。まさかの精神論。そういうことを言うタイプには見えなかったが。


「明日からはお前には自分自身と戦ってもらう、そこで自分の弱点や強みを自覚して、自ら伸ばしていけ。俺が手を加えられるのはそれからだ」


 そう言って、カイシは席を立つ。


「喰い終わったら帰って良い。明日に備えて万全を意識して休め、じゃあな」


「え、あの」


 それ以上は何も言わず、本当にそのまま去っていってしまった。


 後に残ったのは八夜とアサとテーブルを埋め尽くすほどの料理。


 食べ物を残すという事は極力したく無い。


「よし、食べるぞっ!」


『これはこれで別の戦いだねぇ』


 2人がかりでむしゃむしゃして、食べ終わったのは実に14時を回った頃だった。

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