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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
異形の怪人ヒーロー
7/70

不安定

 目覚まし時計の破壊は始まりに過ぎなかった。朝だけで、家の中にある様々な物を八夜は破壊しまくってしまった。勢い余ってドアノブを引き千切り、蛇口をねじ切り、修理を呼ぼうとして家電を指で突き壊してしまった。


「アサ! これどうなってるの!?」


 一通り家を破壊した後、動転しながらも八夜は現状を確認するべく、おそらくは一番原因を知っているであろう彼女を呼び出した。


『おはよー、トレーニング効果でほどよく体がほぐれて、気持ちよくぐっすりだったねぇ……って、なぁにこれ』


 寝ぼけ眼を擦りながら、アサはことごとく破壊された家具などを見て、苦笑いを浮かべた。


「なにが何だか分からなくて……いつも通りに使っただけなのに」


『あーらら、だから言ったでしょ、怪異宿しとして、これが多分一番大変だろうって』


 言いながら、アサはテーブルの上にあるリンゴを一つ持って、『はいっ』と、そのまま八夜に向けて投げた。投げたと言っても、軽くなので、リンゴは放物線を描きながら、ゆっくりと八夜に向かって落ちていく。


 反射的に、と言うにはあまりにのんびりと、当たり前ように八夜はそのリンゴを受け取った。


 両手で、パシッと挟むように。


 しかし、両手が触れた瞬間、リンゴは砕け散り、果肉と果汁があたり一面に飛び散ってしまった。


「ま、まともに受け取る事も出来ない……!」


『力み過ぎ、もっと調整しないと危ないよ』


「なんでこんな事になってるの⁉︎ 変身もしてないのに!」


 青ざめる八夜を慰めるように、アサは肩に手を置きながら説明する。


『怪異宿しは、常人離れした身体能力を手に入れる事が出来る、怪異が適合者を他の怪異に取られないように与える自己防衛機能ってとこかな……これが割と厄介な性質でね、なんとこの力のコントロール権は、全部与えられた人間側に移るの』


「怪異が与えた力なのに、怪異が干渉できないって事? なにその無責任なポンコツ仕様」


 まさか過ぎる展開に、八夜は思わず本音がダダ漏れになる。いや、繋がっている以上、アサには隠し事など出来ないのだが、それでも、本人に直接声に出して言ってしまうと、どうにも感じ悪くなってしまいそうな気がしていたのだが、しかし、言わずにはいられなかった。


「で、でも……昨日はなんとも無かったよね!?」


『昨日は、まだ私達が融合して一日も経ってなかったし、ヨルの体治すので精一杯だったし……色々不安定だったんだよ』


 でも、短時間とは言え変身し、戦闘し、体を馴染ませた事によって、八夜の体に怪力の恩恵が本格的に授けられたのだろう。しかし、本来なら、適合者と怪異が融合した瞬間にその力は発現するので、すぐに変化に気付き、対応しようとする。その為、力のコントロールを覚えるのに、さほど時間がかからないのが普通なのだが、八夜の場合は、それが遅れてしまった。なまじ最初にいつも通り、当たり前に生活出来てしまった為、このままでも問題無いと思い込んでしまっていたのだ。


 だから、彼女は自身の体の変化に気付けず、急なパワーアップに混乱して、暴走してしまうという結果になってしまったのだ。


 しかし、変化に気付くのが遅れただけ、タイミングがズレただけであり、今からでもコントロールを覚えるのは遅く無いのだが、そこは、八夜の心の問題だった。


 ほぼ錯乱に近い状態になっている八夜は、()()()()()()()()()()()()()()()()()などという現実離れした事態に対応出来ていない、どころか、理解すらまだまともに出来ていないのだ。


「ど、どうしよう……とにかく、このままじゃ学校には行けないよ……」


『いや、確かに危ないかもしれないけど、むしろそういう状況で自分を追い込んだ方が、早く力の使い方を覚えるんじゃないかな』


 オロオロと慌てる八夜に、アサは冷静にアドバイスする。


「で、でも! このままじゃ多分……シャーペンすらまともに持てないよ、それに……もし、誰かにうっかり触っちゃって、思わぬ力が働いて……け、怪我させたりしたら」


『そのリスクは私だって分かるよ、でも、早く慣れるには普段通りの生活を送って覚えた方が早いって、やらなきゃいけないって思うと、必死になれるし』


 必死さは人を成長させる、アサはそう考えていた。確かに、失敗は最高の基とも言う。しかし、この場合は、その失敗を一回でもしてしまえば、最悪死人が出る。つまり、絶対に失敗出来ない。


 その状況を、アサは利用しようとしているのだ。自分の体がどうにかなるよりも、人を傷つけてしまうかもしれないという事を恐れる、八夜はそういう子だ。必死にならざるを得ない、そうしなければ、無関係の人間を自らの手で……。


『ピンチとチャンスは紙一重だよ、ヨル。今日を乗り切れば、きっとヨルは、この強さを自分のものに出来る、昨日も言ったけど、これが一番大変だろうけど頑張って、いざとなったら私も出来る限りフォローするから』


「フォローって……力の制御は怪異には出来ないんでしょ? どうやって」


『そこは、まぁ、上手くやるよ。とにかくヨルはちゃんと学校には行く事! 今日は警察の事情聴取もあるんだから、バックれたら多分かなりめんどくさい事になるよ!』


 じゃあ頑張ってね、という台詞と欠伸を残して、アサは八夜の中へと戻っていく。


「待って! 今欠伸してたよね!? 寝ないでよ!? 肝心なところで絶対寝ないでよね!」


 何一つ、問題は解決していない。様々な不安要素を抱えたまま、散々悩んで、八夜は学校に行く事にした。


「だ、大丈夫……親しい友人はいないし、いつも通りにしてれば話しかけられる事なんて無いはず。とにかく、いつもより目立たずに暮せば」


 ゆっくりと服や鞄を指で摘んで身支度をして、そっと玄関を開け、閉じる時もまるでシャボン玉を指でつつくように慎重に閉じた。


「よ、よし……外に出れば……壊すようなものはあんまり無いかも……ってか、時間やばいな」


 いつもよりもかなり行動が制限されていたせいで、かなり時間がかかってしまった。そのせいで、登校時間は間に合うかどうかのギリギリになってしまっていた。


「急がないと……でも、慎重に」


 そう思いながらも、八夜は焦って駆け出してしまった。


 自分で慎重にならなければいけないと分かっていたくせに、思い切り地面を蹴って走り出してしまったのだ。


 結論から言うと、学校には間に合った。遅刻するかもしれないと危惧していたのに、教室に辿り着いたのは、八夜が一番乗りだった。


「う……うぅ……」


 自宅から学校までの歩数、およそ五歩。


 勢い良く地面を蹴った結果、八夜は、ひと跳びで街一つを跨いで移動してしまったのだ。何度もそれを繰り返すうちに、偶然学校の屋上に降り立ち、そのままほとんど放心状態で教室に辿り着いた。


『あーあ、やっちゃったね、まぁ、他の生徒が居なかったのが幸いだったかな』


「起きてたなら止めてよぉ……」


 まるで他人事のように言うアサに、八夜は半泣きで抗議する。まぁ、正直止めようが無いし、そんな事したら八夜の為にならないという事は分かっているが、世の中には限度ってものがあるだろうとも思う。ちなみに、そんな無茶な動きをしたにも関わらず、服や鞄は不自然なぐらい無傷だった。


 多分、アサの言うフォローとはこう言う事だろう。どういう方法かは分からないが、怪異の力みたいなもので保護してくれたのかもしれない。


 いや、そんな事はどうでもいい、正直八夜は、もう一度跳んで、帰りたい衝動に駆られていた。


『そんな事でどうするの、今日はまだ始まったばっかりだよ』


「うう……でも、授業ぐらいは普通に受けれるよ……力むタイミングなんてないでしょ」


『ところがどっこい、そう上手くいかないのが人生なんだなぁ』


 そう言って、アサが八夜の肩から腕だけ出して、黒板の隅に貼られた予定表を指差した。


 一週間の授業の予定が組まれている、今日は金曜日だった。


「金曜日の……一時間目って……嘘でしょ」


 金曜日の欄、その一番上の枠に書かれた『体育』の二文字を見て、八夜は絶望する。思い出したのだ、今日の体育の内容を。


「バレーするって言ってた気がする」


『めっちゃ力入れるじゃん、跳び上がるしボール叩きつけるし、ボール打ち上げるし』


 アサがそう言った瞬間、八夜は既に窓から逃げ出そうとしていた。窓枠に足を乗せ、今にも飛び降りる勢いだった。


 しかし、アサは落ち着いて、八夜の背中から触手状にした自分の体をあちこちに伸ばして絡ませ、八夜の体をしっかりと固定した。


『逃げたって何の解決にもならんでしょ』


「難易度高過ぎるよ! 嫌な予感しかしない!」


『そんなの、これから怪異と戦っていけば、ずっと向き合わなきゃいけない事だよ? 敵の能力が未知数なら難易度なんて常に高いようなもんだし、敵の策略に嫌な予感なんてずっと感じっぱなしになるけど……その度に逃げる? 言っておくけど、怪異も現実も、八夜をずっと追いかけてくるよ、ずっとずっとどこまでも、追い詰めて喰らい尽くすまで』


 八夜の耳元で、アサは囁く。


『逃げたって解決しない事なんて山ほどあるよ、それでも逃げ続けた先にあるものなんて、破滅か死しかないよ。それが嫌なら、戦わなきゃ、乗り越えなきゃ、それが出来て初めて人は胸を張って生きてると言える』


 アサは勢いよく八夜を教室内に引き戻し、強引に彼女の席に着かせる。


『頑張るのは生きてる全ての命が生きていく上で、やらなきゃいけない義務だよ。その義務を果たさないくせに、自分の前に立ちはだかる困難に文句だけは一丁前にいう奴なんて、そもそも生きてる資格が無い。怪異にでもなんでも喰われて仕舞えば良い』


「あ、アサ……」


 アサの冷たい声と言葉に、八夜は背筋が凍る感覚に襲われる。今から自分は殺されるんじゃ無いかと思うほど、自分の中で響くアサの声は、重かった。


 だが、それは一瞬だけで、すぐに柔らかい声の笑い声が聞こえてきた。


『あはは、ちょっと、本気でビビらないでよー! 今のは……まぁ、二割ほど冗談だからさ、生きてる資格が無いなんて、私が言えるような事じゃないしー』


「…………」


 おどけたようにいうアサだが、それでも、八夜の緊張は拭えない。それを察したのか、アサはついに外に出てきて八夜の頭を撫でながら言う。


『でも、生きる義務を果たさない人間が嫌いなのは本当だよ。私は、ヨルが何をしようと絶対味方でいるって決めてる、嫌な事から全部逃げるというなら協力する、私達が一つになれば、出来ない事なんて無いからね。でも、それは私の好きな人間のする事じゃない、ヨルには、そういう事をして欲しくない……ヨルには、私の好きなヨルのままでいて欲しい』


 アサは八夜の手を握りながら言う。


『私のわがままだって事は理解してる……でもお願い、ヨル、どうか逃げないで欲しいな』


 そこで、アサの感情が八夜に伝わり、その言葉の真意が分かった。


 アサは、怖いのだ。八夜が、力を理由に逃げていくのが。


 他の何でもない、怪異であるアサから八夜が逃げていくのが、とても怖いのだ。


 嫌われるのが怖いという、当たり前の感情だった。


(そっか……アサは、ずっと、私の友達でいたいって……思ってくれてるのか)


 こんな自分とそばにいたいと思ってくれている、唯一の存在なのだ。


 たまらなく不安だったのは、八夜だけじゃない、アサも同じだ。


 怪異になって、親友に取り憑き、信じてもらえるかどうかのギリギリの関係で、信頼される為に、色々尽くしている。


 なのに、結局怖がられて逃げられたら、あまりにも報われない。そんな悲しい目に合わせるのが、自分だと思うと、八夜の胸は切り裂かれたように痛む。


「……アサ」


 八夜は、彼女の手を握り返す。


「ごめんね、大丈夫だよ……私、アサから逃げたりしないよ。アサから貰った力、大事にする。ちゃんと自分のものにしてみせるから……だから、これからも一緒にいてね」


『ヨル……! ふわぁああ! やばい! これは告られてる! 告られてるんだよね⁉︎』


「え、違うけど……」


 真面目な雰囲気から一転して、アサは顔を真っ赤にしながらニヤケ顔を浮かべていた。怪異は感情に正直になってしまうと聞いていたが、ここまで極端なのか。


 でも、しっかりと意思は伝わったようで、アサは納得したように頷いた。


『ありがと、ヨルはやっぱり、私の好きなヨルだ。って言っても、ヨルがどんな人間になろうと、嫌いになったりしないけどね』


 そう言って、アサは八夜の中に戻って行った。


 そして間も無く、生徒達が次々と登校してきた。


「わ、珍しい、八雲さんがこんな早く」


「あ、えと、おはよう」


 超久しぶりに、クラスメイトに挨拶した。たった四文字声を出すだけなのに、ものすごい緊張で手が震える。


「うん、おはよー」


 それを何の苦労も無しで出来るんだから、この人達すごいよなーと、八夜は本気で感心した。


 そして、生徒が全員集まり、朝のショートホームルームを終えると、一時間目が開始された。


 体操服に着替えて、体育館へ向かう。


 予定通り、バレーボールをするそうだ。


(大丈夫、私なら出来る、アサもできる限りのフォローはしてくれる、自分の為だけじゃない、アサの気持ちにも答えないと!)


 珍しく、強い意思を持って、八夜はコートへと経った。


 早速サーブを打つ為に、ボールを投げる。


 勢い良く放たれたバレーボールは、ネットを超えて、相手チームのコートも越えて、体育館の壁に激突し、粉々に砕け散った。




「……あれぇ?」




 そこからはもう、阿鼻叫喚だった。


 天井を突き破り、ネットを引き裂き、ボールはいくつも粉砕され、コートに穴まで空いた。


 決意を決めただけで、都合良く力がコントロール出来るわけも無く。


 結局、八夜はその一時間、破壊の限りを尽くしてしまった。


 強いて言うなら、幸い、怪我人は出なかった事だろう。


 しかし、そんな些細な事で事実が無かった事になるはずも無く、八夜は、たちまち学校中で噂になってしまい、色んな意味で注目の的となってしまったのだった。


『あーあ、まずい事になっちゃった』


 アサも八夜も、もう逃げようが無い。ただ、この現実を、受け入れるしかなかった。


 まだ一日は始まったばかり。


 しかし八夜は、力をコントロールするコツなんて、何一つ掴んではいないのだった。

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