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吠える犬は噛みつかぬ

 ACBという組織が今ほどの規模にまで大きくなったのは、実はかなり最近、ここ10年ほどの出来事である。それまでも世界中に存在はしていたものの、怪異の脅威から人々を守るに十分では無かった。ハード・オニキスの効果は古くから知られていたが、その効果を十分に活かしたまま武器へと加工する技術力も、また、かろうじて作られた武器を扱い、怪異と戦える程の実力者も片手で足りるほどしか居なかった。


 そもそも、昔はここまで怪異が活発に現れ、事件を起こす事が珍しい事だった。


 この10年。世界中を襲った、地球そのものが震えたのでは無いかと思うほどの大震災。後に『終焉』と呼ばれた大地震の日から、怪異達は急速に活発化し、見えない脅威となっていった。


 まるで何かに焦っているかのように、人々を襲い、完全体にならんとする怪異達は、力をつけようとしている。


 その理由を、人間は勿論、焦る怪異達ですら知らない。自分達が何に怯えているのか、何の為に力をつけているのか、知らない。本当の意味を知らない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その真実に人々が触れる頃には、全てが渦に飲み込まれているだろう。遥か昔から広がっている戦いの渦に。


 人々を怪異の脅威から守ると、強い使命感を持ち戦う霧谷桐華ですら、巻き込まれた犠牲者に過ぎない。本人にその自覚は無いだろうが、現在、戦いに身を投じる者は、知ってる者から見てみれば、()()()()()()()


 10年前、まだ学生だった霧谷は、幼馴染の2人と下校途中だった。


 1人は現在療養中の末広すえひろのぞむ。そしてもう1人、宮田みやたかなめという同い年の少女だった。


 同じ街で生まれ、同じ学校に通い、いつも一緒に遊ぶ彼らは、友人という関係を超え、もはや家族のようだった。


 特別な事なんて何も無い、平凡な家に生まれ、平和に過ごしていくはずだった3人の人生は、あの地震によって大きく歪んでいった。


 いつもと変わらない帰路、何の前触れもなく、まるで巨大な何かに下から持ち上げられたのかと錯覚するほど大きすぎる衝撃が走り、直後、轟音を上げながら揺れた。


 大地そのものが、いや、地球そのものが揺らされているような、今までに経験した事のない衝撃と恐怖。記録では揺れたのは13秒間だったらしいが、霧谷達にとっては、永遠とも思える時間だった。


 建物が壊れ、山が崩れ、地面が割れ、海が溢れた。自分達の世界を支えていたものが、何もかも破壊されていった。


 もちろん、人も。


 3人の間に、一瞬にして溝が、いや、谷が出来た。底が見えないほど深い地割れが起き、宮田要は、その中に吸い込まれていった。たった13秒。その間に、さっきまで喋っていた友が姿を消した。声をかける間も無く、手を掴む間も無く、一瞬で飲み込まれていった。


 呆然とするしか無かった霧谷と末広は、ふと空を見上げ、彼らはそこで『見た』。


 ()()()()()()()。いや、そんな事が起こるわけないし、どんな状態というのも口では説明出来ないのだが、彼らは、空が裂かれていた、という表現しか思いつかないと言う。


 白い画用紙の上で別の白い画用紙を破ったような、奇妙な感覚。その中に、裂かれた空に、()()()()()()()()


 その後、救出された霧谷達はその事を大人達に話したが、誰1人としてまともに聞いてくれなかった。むしろ、こんな時にふざけるなと、怒られた。今にして思えば当たり前だと思う。


 しかし、当時の霧谷達はとても冷静では無く、誰も信じてくれない状況に苛立ち、途方に暮れていた。宮田が地割れに飲み込まれ、見つからないのも、あの不気味な人影のせいだと思っていた。


 意味不明な供述をし続ける彼らを、鬱陶しがってた人々も、やがて彼らを相手にしなくなり、本当に誰の耳にも届かなくなった頃、『組織』は急に現れた。


 彼らは霧谷達の話を真剣に聞き、そして、怪異の存在を伝えた。もしかしたら、この地震は自然現象じゃないかもしれないと、その原因を突き止める為に、共に戦ってほしいと。


 怪しいと思った、胡散臭いと思った。でも、信じさせるモノを、自分達は見てしまった。


 自分達の友を奪った存在がいるのなら、復讐したいと思った。もう宮田が何処にもいない事を実感し、悲しみ、こんな思いを他の人にさせてはならないと思った。


 その日から、彼らは怪異対策局、ACBと呼ばれる組織の一員となり、今日まで戦ってきた。


 百万回は死にかけたと思う。それでも、生き残ってきた。だけど、霧谷は一度だって、自分はもう大丈夫、なんて思った事は無かった。自信が無いんじゃなくて、いつ死んでもおかしくない事が当たり前だと思っているから。


 最新鋭の兵器を装備していようと、どんな特殊な能力を持っていようと、死ぬときは死ぬ。それは自分も、自分が殺した怪異達も同じだった。人間より遥かに強い力を持ち、異能を備えるヤツらですら、人の手によって殺されるのだ。


 殺し合っているのだから、どちらかが生きてどちらかが死ぬ。そんなの当たり前の事だ。


 今日死んだっておかしくない。だから、今できる最善を尽くす。例え死んでも、ただ死ぬだけにはならないように。最悪を想定し、それに対しての最善を想定し、更にそれに対する最悪を想定して、そして最善を考案する。その繰り返し、いつだってそうやって戦ってきた。


「……透明化……にしては、何か違和感があるな」


 周囲に気を配りながら、霧谷は姿を消した犬の能力を考察する。


 奴は、タリスアーマーのセンサーに引っ掛からなかった。姿を消すだけならば、それは体温や心音となって、犬の存在を証明するはずだ。体温を周囲に合わせ、心臓も止めている(そもそも動いていないかもしれない)可能性もあるが、動けば必ず痕跡は残る。


「……透明、かつ、透化か?」


 壁や障害物をヌルッと通過するような。


「いや、そんな事が出来るならば俺は一瞬で殺されてる。そもそも俺の攻撃を避ける必要が無い。」


 心理戦のようなものは、あまり得意では無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。外れていればあっという間に窮地に陥る、命綱無しの綱渡をしているような気分になる。


 とはいえ、姿も消せない、怪力も持ち合わせていない、非力な人間には、頭をフル回転させるしか方法は無い。やる事はいつもと変わらない。


「俺が敵ならどうする……」


 ここまでの戦闘を思い出す。とはいえ、自分は攻撃を防ぎ、軽く反撃した程度で、戦闘と呼べるようなやり取りをしたかと言われれば正直微妙だが、情報が乏しかろうが、今ある手札で考えて戦うしかない。


 一連の流れ、なんて大雑把なものじゃなく、一分一秒単位で考える。何か手掛かりは無かったか。現れては消える敵、どう考えたって透明化だ。しかし、気配を一向に感じないのが気がかりだ。それに、辛うじて当てた攻撃が、全て浅いのも違和感だった。


 透明化だけなら、実態はそこにあるのだから、間合いそのものに変化があるわけが無い。相手には見えないのだから、近付くのも離れるのも苦労は無いだろう。しかし、攻撃する際は別だ、飛び道具がない限り必ず近付かなければならない。


 犬の攻撃方法が近接が基本だった、ならば、互いの間合いは自然に互いにとってのデッドゾーンに入るはず。


 単純に避けられた、と考えれば全ての辻褄が合うが、しかし、何か引っ掛かる。このままこの感覚を信じていたら、きっと死ぬ。


 勘が、そう告げている。


「何も不自然な事は無いはずなんだ……当たってないわけじゃない……俺だって攻撃を防いだ……」


 防いだということは、逆に言えば、完全に相手の位置と距離を捉えたという事。それなのに、浅い、敵が少し遠い。リーチの差も計算に入れても、微妙に遠い、そして攻撃が浅いまま、即座に消えてしまう。


「……距離」


 霧谷は、長く続く暗い廊下と、2階に通じる階段を交互に見る。自分が敵ならと考える。


「俺なら、距離を取るか……一度上に逃げて、完全に見失わせてから再度の奇襲」


 少し考えてから、霧谷は階段に足をかける。1段目、2段目、3段目に足をかけた、そして背後に剣を振った。


「フッ!!」


 もう片方を銃にして、足元に向けて発砲する。


『グッ……ギャ』


 舞い散る土煙の中から現れた犬は、声にならない悲鳴をあげ、悶絶していた。それもそのはず、彼の右腕は粉々に吹っ飛んでいたのだ。


 ドタドタと荒々しい音を立て、犬は階段から転げ落ちる。霧谷は弾数を素早く確認し、犬に向かって行く。


『テ……メェ……ど、どうなって……なンで俺が……』


「お前は言ったな。見えているのか? と、アレがずっと引っ掛かっていた、あの言葉の真意、姿を消している事は事実だったが、それも相まって、発想がミスリードされてしまっていた」


『アアン……?』


 霧谷は容赦なく、残った左腕に発砲し、犬の攻撃手段を奪う。


『ギャアアアッ!!!』


「アレは、()()()()()()姿()()()()()()()()()? という意味じゃない、正しくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? という意味だな」


『……っ!』


 明らかに、犬に動揺が見られた。苦悶の表情を浮かべながら、牙をこちらに向け、低く唸っている。


「図星か、つまりお前の能力は『小さくなる』だな。しかも一瞬で目に見えないサイズにまで縮まる事もできれば、あっという間に元のサイズに戻る事も可能、なるほど、これを繰り返していれば、能力の誤認識を誘発できるわけか……」


 センサーに引っ掛からなかったのも、ある程度の大きさが無ければ反応しないからだろう。


『クソが……クソがクソがクソがッ! テメェなンか! 俺が! 本気出してりゃ今頃バラ肉になってンだ! アイツの……アイツの変な指示さえなけりゃッ!』


「災難だったな。だが悪いが見逃す事はしない、確実に仕留める」


『ま、待て! 待てよ、なぁ? 俺が使ってるこの身体……解放して欲しく無いか?』


「……何?」


 犬はヨロヨロと立ち上がり、無い手で自分を指しながら言う。そして、犬の怪物の姿を解き、人間の少女の姿へと変化した。


「……そんな幼い子を……よくもそんな風に扱えたな」


『……ここまで傷付けたのはお前だろうが』


 ガチャリ、と、霧谷が刃を犬の首に突き付ける。その手は今にも斬り落とさんとしていた。


『ま、待てよ! 今俺を見逃してくれンなら、俺はこの体から出ていく、治療すればまだ間に合うンじゃねぇか? 俺の治癒力がまだ働いてるンだからな!』


「信じられるわけないだろう。残念ながら、俺達の組織では、取り憑かれた者は犠牲者として処理する。本人の訴えがどうであれ、犠牲者は全て『死亡扱い』だ」


『ぐ、ぐぅぅ……』


「時間の無駄だ、覚悟しろ」


『完全体!』


 犬は叫ぶ。弱々しい少女の顔で、目を潤ませながら言う。


『今存在してる完全体の能力! それを全部お前に教える!』


「……なんだと? 知っているのか」


 霧谷の、剣を握る力が少し緩む。犬はその隙を逃さなかった。


『全部は知らねぇ! だが、知ってる限りの事を全部話す! 俺はお前らの味方になる! な? それならいいだろ!』


「……まず真偽を確かめる必要がある。あの老人の事を教えろ。奴の能力と、その対処法、それで勝てればお前のこれからの処遇は俺が面倒を見てやる」


『……へ、へへっ……そうこなくちゃな……ああ、もちろん教えるさ、そもそも俺だってアイツに利用されてただけなンだからよ……』


 犬はへにゃっと、緩んだ笑みを浮かべる。


『あのジジイ、エンコウっつーンだが……ア、アイツの能力……の、能力はな……』


 息も絶え絶えに、犬は言う。霧谷の顔色を伺いながら、媚びるような笑みを浮かべて、続ける。


『能力は……()()()()()()()()()()()()()()()()!』


 瞬間、犬は姿を消す。


 小さくなって、そのまま逃げても良かったが、こんな酷い目に遭わされたこの最悪の気分が収まらない。殺してやらなきゃ気が済まない。自分と同じように両腕を引き裂いて喰ってこの傷を癒してやる。


 シバガミも霧谷の言っていた事を思い出す。自分が敵ならどうするか、それを考えて行動していると。


(よぉーく分かるぜクソッタレ! テメェは俺がバカの一つ覚えみたいに背後を狙ってくると考えているんだろう)


 シバガミの思惑通り、霧谷は咄嗟に振り向いていた。


(それみろ! だから俺はあえて場所は変えない! テメェは自分が頭良いと思ってンだろうが! 吠え面かかせてやるッ!)


 再び怪物の姿へと変身し、大きく口を開け、まずは右腕に狙いを定める。霧谷はまだ背後を気にしている。チャンスは今しかない。


『クタバレクソ野郎がぁッ!』


 跳び上がり、腕寸前で体の大きさを元に戻した。あとは噛みついてちぎり取ってやるだけだ。


「そうか、()()()()()()()()


『は、ガボッ!!』


 犬の方を見ないまま、霧谷は剣で上顎を刺し、振り向いて、銃を口の中に押し込んだ。


『ボバッ! ガボボッ!』


 3回、引き金を引き、犬の体内へ弾を放つ。激しく犬の体が揺れ、貫通した弾が地面に転がる。


 ぐったりと力が抜ける犬の首を斬り落として、霧谷は「ふぅ」と小さくため息を吐いた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、予想が当たって良かった。しかし……情報は取り損ねたな……」


 霧谷は、破壊された少女の死体に手を合わす。それから剣の血を振るい落として、再び出口の探索に向かった。


 まずは1勝である。

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