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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
虎の威を借る
38/70

1対1対1

「待って待って! 本当に今それどころじゃないでしょ!」


 容赦無くコチラに向かって振るわれる刃を必死に避けながらナイト・ウォーカーは言う。


 八夜の姿のまま、つぐみを虎へと先行で変身させ隙を作り、タイミングを見て自分は正体がバレないうちに変身し加勢、という流れを掴めたのは良かったが、まさか現れたのが深夜だとは思わなかった。


 闇に紛れて変身する時、アサの猛烈に嫌がる声が聞こえた気がしたが、もう後には引けなかった。


 不意打ちで蹴りを入れ、深夜が追い打ちをかけてくれた、までは良かったがその後の攻撃が何故かコチラに向いているのだ。いや、何故かは分かる、ナイト・ウォーカーの作戦など知るはずもない深夜にとって、ただ急に討伐対象が増えただけの厄介な状態なはずなのだ。油断すれば死んでしまうのだから、悠長に話など聞いてくれると思う方がどうかしている。


 それでも、どうにか聞いてもらうしかない、ここで殺されるわけにはいかないのだから。


「お願い! 待って! 私より先に虎を倒すべきだよ!」


「それはお前の都合でしょ? あの虎は強そうだけど、お前は弱そうだ。片付けられる方からさっさと片付けるよ」


「強そうってか、思ってる何倍も強いよ! 一人で相手にするなんて無茶だ! あの槍使いの人だってあっという間にやられちゃったんだよ⁉︎」


「だからぶっ殺すんだよ、お前ら全員」


「やったのは虎なんだって! ここは共闘して、どうしてもっていうなら虎を倒してから一対一で正々堂々」


「お前バカ? 全員殺すっつってんのになんで私が協力する形になるわけ? あの虎を倒す事でお前に何かメリットがあると考えたらそれは後々虎以上の脅威になるかもしれない、どちらにせよ殺すなら、やりやすい方から、これで話は終わりださっさと死ね」


 二刀を構え、深夜はぐいっと姿勢を低くする。ほとんどしゃがんでいるだけのように見えるが、不思議と隙が無い。前で交差させた二刀が、次の瞬間には首元に来ている、そんなイメージが伝わってくる。


 ダメだ、全く話が通じない。会話しようとする意思を微塵も感じない。

 あるのは、純粋な殺意だけ。冷静だけど正気じゃない。


「こンの……チビメスゴラァ!」


 起き上がった虎が、怒号を上げながら深夜に突撃する。巨大な腕を振り上げて、叩き潰すつもりだろう。


「あ、あぶない」


 虎の奇襲に声を上げたナイト・ウォーカーだが、しかし、その時既にその場に深夜は居なかった。まるで漫画やアニメみたいな、シュッと消える動き、あんな感じでその場から消え、そして虎の振り上げた両腕を斬り裂いていた。


「おんぎゃあああっ!」


 振り下ろし、地面に拳を叩きつけた瞬間、弾けるように飛び出した血に、虎は驚愕の声を上げる。しかし、痛みに怯んでいる間もなく、新た痛みが付け加えられる。


 今度は背中、荒々しい毛と厚い皮をもろともせず、斬撃をきっちりと通された。しかも3回も。


「チッ、硬いなぁ。いつもの雑魚どもと違う……殺せない事もないけど……ちょっとミスったら一瞬で私が死ぬなコレ」


 まぁそれはいつも同じか、と呟いて、深夜は再び構えた。


「なんなのコイツ気持ち悪い! 何で僕がお前みたいな人間の動きについていけないんだよ!」


 虎の顔から余裕が消え始め、苦手な虫を見るような目になっていく。大した傷では無さそうだが、それでも、余裕を奪うには十分な効果を発揮しているようだった。


 虎の気持ちは分かる。他の戦士と違って、深夜琴音を前にすると異様な不気味さというか、不快感のようなものを覚える。それは強そうとか、勝てないとか、そういうのではなく、もっと本能に訴えかけてくる根源的な恐怖というか、とにかく未知なものなのだ。


 UFOとかUMAとか見つけてしまうとこんな気持ちなのかもしれない。


「ちょ、ウサギ! 一時休戦でしょ! こんなモン相手にしながらやってられんて! ここは僕と協力してこいつを仕留めてから改めて一対一でさぁ!」


「……そっか……こういう感じなのか」


 勝手に味方面されても、信じない、信じられないのが普通だ。深夜、だけではない、普通の人にとっては、虎もナイト・ウォーカーも、等しく化け物なのだから。


 随分都合の良い事ばかり考えていたと痛感した。結局自分の事ばかりで、人の気持ちなんて微塵も考えてなかった。だから、ここからは、認識を改める。


 自分と同じく自分勝手に協力を求めてくる虎に、ナイト・ウォーカーは剣を振り下ろすという形で返事をする。


「あっぶね! なんだよ! アイツはお前にとっても敵だろ!」


「アンタだって私にとって敵だ。ここに味方なんていない」


 そう、味方なんていない。一対一対一の、全員敵なのだ。だから自分らしく戦うしかない、味方がいないのだから、誰に気遣う事も無い、というかそんな余裕がない。そもそも攻撃が効かない。分離も使えないから針を飛ばしたところでどうにもならない。


 どうすんのこれ。


「くっそぉぉ! くっそぉぉぉお! なんで! 何で僕ばっかりこんな狙われるの⁉︎ おかしいでしょ!? 悪者はお前らのくせに! 何で僕には味方がいないんだよぉ!」


 両の拳に電撃を溜めながら、虎は絶叫する。この期に及んでまだ自分を被害者だと思ってる辺り、本当に人間として終わってしまったのだろうと、少し悲しくなった。


 それでも同情なんてしない。彼がやった事を思えば当然の報いだ。絶対にここで倒して


「ぶっ殺す!」


 駄々をこねていたはずの虎が、一瞬でナイト・ウォーカーの目前にまで迫っていた。防御する間もなく、顔面に拳を叩き込まれて吹っ飛ばされてしまう。電撃で全身が強張り、動けないところへ怪力の一撃。受け流す事も不可能で、威力まるごと貰ってしまう。


「──ッ! ゴバッ」


 悲鳴すら出す事が出来ない。一瞬で口の中が血で満たされたのだから当然だ。悲鳴をあげるという行為は、多少なりとも苦痛を和らげてくれていたのかと、ぐちゃぐちゃになりながら実感する。腕を粉々にされた時より今の方が辛い気がする。口の中はズタズタで、歯がかなりの数砕けた。鼻も折れて呼吸がしづらい。ていうか頭が重い。


 真っ向勝負じゃまず勝てない。清々しいほど戦力差がある。


 でも残念、敵は一人じゃない。直後、鋭い斬撃が二人を襲った。


 虎は脇腹を斬り裂かれ、低い呻き声をあげていた。しかし、やはり致命傷ではないらしい。ナイト・ウォーカーは動かないが流石の防御力、触れた刀身がへし折れて何処かに飛んで行ってしまった。


「チッ、壊れた……お前虎より硬いんかよ……それを押し潰せるぐらい怪力って事は、やっぱ虎の方が強いのか……」


「痛ぇんだよさっきからチクチクチクチク! そのウサギよりも強いし、お前よりも強いわバーカ!」


「そうらしいから、お前には、いろいろ試す」


 そう言うと深夜は制服を弄り、先程までとは違う武器を取り出した。丸くまとめた紐のようなソレを解くとその正体が明らかとなる。ダラリと垂れる長い紐、ソレは先端に近づくにつれ細くなっていた。実物を見た事はないが知っている、鞭というものだろう。


「ハッ、何かと思えば、そんな紐で僕を倒せるわけ」


 パァンッ、と、破裂音が響く。間違いなく何か破裂したはずだが、それがなんなのかは分からない。なんの痕跡もなく、音だけが響いた。


 否、何の痕跡もないというのは間違いだった。


「いっっっってぇ! は? なに!? 何がどうなった」


 騒ぎながら、虎が顔を押さえていた。どうやら鞭が顔面に直撃したらしい。ナイト・ウォーカーの拳を受けても平気だったはずなのに、信じられないと、虎自身も思っていた。


「わりと有効、体毛のせいで効果薄いと思ったけど、先にたくさん斬りつけといて良かった」


 言いながら、更に深夜は鞭を振る。


 立て続けに鳴る破裂音。その度虎は苦しんで、ヨロヨロと距離を取っていく。ナイト・ウォーカーからは見えていないが、深夜は虎につけた傷を集中的に狙っているのだ。そしてそれは見事に命中し、最悪の激痛を虎に与えていた。


「いっぎゃああああああああ! バカッ! バカじゃねぇの!? こんな! アホみたいな戦い方!」


「お前こそバカか、殺し合いしてんのに手段もクソもないでしょ、つか別にアホみたいでもないし」


 再び深夜が鞭を振ろうとした時、虎はようやく身を屈め、そしてドーム状の電撃で自身を包んだ。


 電撃のバリア、生身で突っ込めば感電死は免れない厄介な防御技。鎧があるナイト・ウォーカーですら焦げるレベルなのだから、人間はひとたまりも無いだろう。


「(マズい、アレじゃ深夜ちゃんは攻撃出来ない)」


 というかさっきから、痛がってはいるが虎に対して決定的な攻撃が出来ていない。このままじゃジリジリと消耗させられるだけだ。


(斬撃の効果が薄いなら、やっぱり貫通攻撃が一番いいんじゃないかなぁ?)


 内側でアサが言う。見ると、さっき深夜が地面に突き刺した槍がそのまま残っている。アレを有効活用出来れば良いのだが。


「(確かに……今のところ一番虎に深い傷を負わせたのはあの槍……でもどうやって刺そう? 深夜ちゃんは近づけない、投げても多分弾かれる)」


(確実なのは突進、でも現状であのバリアを突破出来る奴は私達含めていない……)


「(私達でも無理かな?)」


(無理無理、触れた瞬間感電して硬直、からのぶん殴りで吹っ飛ばされるだけだよ)


 その隙に深夜が刺してくれれば楽なのだが、しかし一撃では仕留められていなかった。もっと急所を、しかも何度も刺さなければ致命傷にならない。


 圧倒的に手数が足りない。どうすればいい。


「思い出せ私……なんかあるはず……なんとかなる方法……」


 思わずあの虎がバリアを解いてしまうような攻撃、そこから更に虎を倒せる強力な攻撃。


 手数が足りないのなら、武器そのものの威力を上げるとか。確かACBの使う武器は変形し、攻撃パターンを変えていた、あんな風に自分の剣も変形させられないだろうか。


 軽くて扱いやすいモノから、大きく重いモノに。


「いやそれだと私が扱えない……」


 今相手している虎や、前回の牛ぐらい怪力があれば話は別だが。


 ……そういえば、牛はどんな武器も使いこなしていた。自身の身体と一体化させる事で、特殊能力まで付けて。


 あんな風に、出来ないだろうか。


「いや、出来る」


(おん? 何が?)


 突然そう言って立ち上がろうとする八夜に、アサは驚く。


(ちょちょちょ、何してんの? なんかいいアイデア浮かんだの?)


「いや、ちょっと試したい事があって……」


 言いながら、八夜は刺さったままの槍へ向かって跳躍し、それを引っこ抜いた。握った槍を見つめながら、牛と戦った時の事を思い出す。


 あの時、牛の猛攻に必死に耐えながら聞こえたあの声。アサじゃない、でも知っている気がする女の人の声。彼女の声に従った瞬間、針の能力を発現することが出来た。


 君なら出来る、思い出して。もう一度、この言葉に縋らせてもらおう。


「どうする、どうなる? 私なら武器を、この槍を、どうやって扱う……牛はどうしてた」


 牛みたいな怪力は無い、だったら怪力を得ればいいのか。違う、武器が関係無くなる、そもそもイメージが上手く出来ない。じゃあ牛みたいに、武器に取り憑く、もしくは、自分自身が武器になるとか。いや、コレもダメだ、そんな事したって何も変わらない、このまま槍持って突っ込むのと何も違わない。


 そもそも色んな武器を扱えるようになったところで、結局あのバリアを攻略するには手数が足りない。武器が勝手に動いてくれれば話は別だが。


「……ん? 武器が、勝手に……」


「ぶっ潰れろぉおおおっ!」


 虎の怒声が響き渡る。小屋の中にあった竹の束を持ち上げて、深夜に投げつけていた。それ自体は問題なく深夜は回避していたが、問題はその後だった。弾けた竹が散らばって、ほんの一瞬彼女の視界を塞いだ。


 その瞬間を、虎は逃さなかった。


「内臓ぶちまけろメスガキィ!」


 巨大な腕と鋭い爪が深夜に迫る。その間合いは彼女の腹を引き裂くには十分だった。


 硬いものが砕ける音と、弾け飛ぶ破片。しかし、その中に血肉は含まれていない。


「あの距離とスピードを避けるかお前! ヤバいな!」


「あーあ、武器3つも壊しちゃった……お前のせいだぞ」


 深夜は無事、傷一つ付いていない。代わりに、足元には砕けた刀と千切れた鞭が落ちていた。あの一瞬で、武器を固めて盾がわりにし、咄嗟に回避したのだろう。


 なんという判断力だと、虎だけでなくナイト・ウォーカーまでも驚愕していた。この中で、武器しか戦う術を持たない者が、その武器を何の躊躇いもなく盾にして使い捨て、必殺の一撃から逃れた。


 この死闘の中、どれだけ冷静沈着なのだろう。


 なんて、感心している場合では無い。彼女は戦う術を失ったのだ、今度は自分が頑張る番だ。


「そう、イメージ、武器が勝手に動いてくれる、攻撃の手数が増える、そんなイメージ……私なら出来る、私は知ってる、私なら、使える!」


 牛のように、様々な武器を扱えるように、どんな機能も使いこなせるように。手始めにこの槍の能力を使いこなしてみせよう。


 そう、運良く見ている。この槍の使い方。彼女の戦い方を。


「力を貸してくださいっ! その代わり、貴女の仲間は守りますから!」


 槍を構えたその瞬間、あの時と同じ、ナイト・ウォーカーの鎧が、ぐにゃりと歪み、そして、青白い炎に包まれた。その炎は槍までも包み、そして、形を変えて再び姿を現した。


「モードチェンジ、ナイト・ウォーカー……『モード・アームズ』!」


 そう叫んだナイト・ウォーカーは、ウサギの耳のようだった装飾が、まるで牛の角のようなものに変化し、全体が青みを帯びた鎧に変わっていた。


「ああん? なんだぁ?」


「アレが末広さんが見たっていう……」


 チラリとナイト・ウォーカーを見て、深夜は小さくため息を吐いた。失敗した、と、ほんの少しだけがっかりした。自分の失態に、ちょっぴりうんざりしたのだ。


 姿形を3回も変え、恐らくその度固有する能力も変わる。それがもし、戦う度に変化していくものなのだとしたら、やはり優先して殺すべきはこのウサギだっただろう。


 圧倒的に厄介で危険だ、何回対峙しても何をしてくるか分からないなんて、脅威以外の何者でもない。


「やっぱり怪異は怪異だよな……てかアレ、あの槍……」


 そこでようやく深夜は気付く。憎き化け物のうちの一匹が、大事な仲間の武器を我が物顔で構えている事に。


「お前……それは天童さんのだ、気安く触るな、返せ」


「え、ごめん……でも今はコレで戦わないと、他のじゃ多分虎に勝てない」


「何言ってんの? 使い方も知らないくせに」


「いや、何故だか分からないけど……この槍は()()()()()()()()()()()()


 そう言って、ナイト・ウォーカーは槍を構えて虎に飛びかかった。


「何かと思えば芸の無い奴! そんな攻撃で僕のビリビリバリアを攻略出来るわけ────ぐおぉっ!?」


 今夜何度目か分からない、背中へのダメージ。しかもコレは何か太く鋭いものを深く刺されているようだ。


 バカな、そんなはずはない。バリアは既に展開している、援軍が来たとして、同じ槍系の武器を持っていたとして、それが体に触れる前に持ち主は黒焦げになるはずだ。


 そんな事を考えいるうちに、真正面から突き出された槍が虎の胸を貫いた。


「ぎゃあああああああっ! バカなぁ! まだバリアは展開して……って……あれぇ? なん、なんで、()()()()()()()()()()()!?」


 槍を持って飛びかかっていたナイト・ウォーカーはその場に着地して虎に接近すらしていない。しかし、虎が驚いたのはそれに対してではない。もっと近いところ、今まさに自分を貫いている相手に対して驚愕したのだ。


 白いスーツに身を包んだ若い女性、その姿は、さっきまで戦っていたからよく知っている。知らないわけがない、だってソイツはさっき()()()()()()()


「……天童……さん?」


 無表情、ではいられなかった。深夜琴音が初めてハッキリ分かるぐらい表情を変えた。と、言っても、目を大きく見開いただけだが、それでも、彼女ですら驚愕を隠せない。


 違う事なく、そこで槍を虎に突き立てているのは、死んだはずの天童鳴子だった。

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