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屈辱を晴らすその燈


討伐ギルドの2階以降は一般市民でも何かしら理由があれば入ることができた。

しかしその上の3階以降は立ち入り禁止であった。王族の関係者、および貴族とそこに仕える者のみがそこの部屋を使うことができた。


その夜、ある一室に、一部の貴族だけが集められていた。


エクリュ・ミエーランは王族、貴族達の避暑地でもあった。休暇を兼ねて足を運んでくるものも多い。日頃それなりの責務に追われている彼らは、金を余し、娯楽を求めていた。だから、この催しものは必ず上手くいくと提案した者、カリス・エストワードは思っていた。もっとも主催しているのは別の者であるが、参加者は誰も知らない。


関係者以外は一切お断りで入り口の扉には何人もの兵士が立ち並んでいた。王族に信仰深い貴族を入れて露見してしまうのは避けたかったのだ。



物騒なのは部屋の外だけで、中は気品あふれる人々で埋め尽くされた。ドレスコードに従い、皆がスーツやドレスを自慢するためだけに持ち入り、実に華やかであった。そんな衣装を纏った彼らは大きなボードの上に貼られた紙に群がり、熱心に読み漁っていた。


その中で、少し離れた位置にエストワードはいた。ボトルを開け、飛んでくる会話を楽しんでいた。「あいつは死んだ」「あいつは生き残った」「あの子はやっぱり駄目だったか」という声を、まるで音楽を聴くかのように楽しみながらグラスに口をつけた。


やがて部屋は暗くなった。スポットライトを浴びながら、司会者が登壇した。


「皆様。楽しんでいただけましたでしょうか? こちらの集計も終わりました。後に、係のものが回ります。見事予想が当たりましたお手持ちの券だけを係の者にお渡しください。ただ、この場をお借りして、今宵、もっとも多くの大金を手に入れた方を発表したいと存じます!」


歓声が上がった。そこまで聞いてエストワードはグラスに残ったものを全て飲み干し、カウンター席から立ち上がった。本来なら飲み干す、など下品なことをやらないのだが今夜は非常に気分が良かった。こちらを向いている者は何人かいるが、ほとんどの者は気づいていない。


「さて、優勝者の発表です!」


エストワードはボードの紙を通り過ぎた。皆が見ていた紙の上にはいくつも顔写真が貼られていて、メモ書きのようにこう記述されている。例えば、こう書いてある。選抜パーティと以下の者だ。



―――


コウガ:死亡(行方不明は死亡扱いになります。無効)

貴族の品を複数回に渡り窃盗した罪あり。捕縛完了。殺害済み


オッズ:1.1


ユキムラ:死亡、選抜パーティのアジトで兵士たちによって処刑(無効)

貴族の品を複数回に渡り窃盗した罪のため

オッズ:1.5


ギラッチョ:行方不明(行方不明は死亡扱いになります。無効)

オッズ:1.3


ダイゴ:生存(有効)

オッズ:1.1


ティア:生存(有効)

オッズ:1.8


ミライ:生存(有効)

オッズ:1.2


~~~


タクマサ:例の事件によって死亡(無効)

オッズ:286.2




マナブ:例の事件によって死亡(無効)

オッズ:30.2



―――



ケンジ達はこの通りであった。偶然このパートを記述した人が新人で、他のところより字が汚く、より詳細に書かれていた。モモカはエストワードの指示によってこの場所に載せなくていいと言われ載せられていない。大事な人質を、載せるわけにはいかない。


―――


ケンジ:例の事件で生還する。

なお、パーティメンバーは消息不明の模様。(有効)

オッズ:108.2


エナキ:例の事件で生息不明。

生存確率は0。調査打ち切り。(無効)

オッズ:8.2


ミキジロウ:例の事件で意識不明の重体。

右腕の負傷激しい、実質戦闘離脱と判定(無効)

オッズ:56.2


―――


「優勝者はこの方、エルバート家直属、カリス・エストワード氏です!」


大歓声の中、エストワードは表舞台に立った。


「エストワード氏には白銀貨1829枚が送られます!」


エストワードは微笑んだ。上品に。


**********



一通りの挨拶を済ませた後、エストワードは自室へ戻った。自室、と言っても会場と同じ建物であり貴族にとってはかなり狭い部屋で面白味もなかった。それでも一般市民からしたら十分に広い。


エストワードはネクタイを外した。それから窓を全て締め、部屋の前の扉を施錠し誰もいなくなったことを確認した。彼の部屋は防音であり、誰も聞いている者はいない。


「ふははっ…」


笑った。


今回も上手くいった。いや、今回は、予想以上に上手くいった!


『燈を始末する』必要があったエストワードは、召喚される度に多くの燈を地獄へと葬った。それをただ単純に殺すのではなく、一つの娯楽、賭博として流行るのはどうかと考えたのは数十年前のことだった。それから毎時上手くいっている。今回に限っては今までの最高金額である。


究極召喚の管理をしていたが、そこから出される給料は安かった。それは何もエストワードに限った話ではなくエルバート家の財産難からくるものであった。


いずれにせよ全ての燈を殺す必要があったが、何人か生き残りを残さないと賭博として成り立たない。つまり、集計時には多くの燈を消すが、わずかに残すという絶妙なギミックがエストワードには求められた。


ある程度の流れが確立するのはそこまで時間がかからなかった。まず、初めの手は簡単だ。エルバート家と同じように金銭難により、困窮者にしてしまえばまず力のない燈は疲労してこちらが手を下すことなく『自然』と消えていく。


「ふははははははっっ…」


さらにお金をぶら下げれば大抵の者が飛びつく。手配書、という概念を上手いこと燈達に情報を流してあげれば彼らはお金の欲しさから必ず手を伸ばす。そこでまた多くの燈を消せる。


従来はそれでよかったが、ドーバンが訓練期間を設け出したせいで、多くの燈が残るようになってしまった。エストワードは悩んだ挙句、大規模討伐作戦を組み込んで、ここらで1番強い、それもエストワード自身が創り出した、魔物と燈とぶつけさせることにした。王族側の兵士を混ぜたこの仕掛けは誰もが不自然とは思えない。究極召喚の管理者はそれなりの権利を持たせてもらっている。作戦を組むのも容易だった。


自身が創り出した魔物は使役できる。対象をある程度絞らせることもできた。つまり使役して指示することができた。<<アッシュ・ベヒモス>>の操作は難しく、1番の掛け金の対象にしていたケンジを危うく殺してしまうところであったが、エストワードの手駒となって把握していたエナキがきっちりケンジを助けてくれた。



「ふははははははははははははははははははっっ…」



エナキ。アイツは優秀だと、エストワードは思った。何よりも頭が切れる。賢い。戦闘の腕も申し分ない。最高だ。エストワードのギミックもすぐに理解し、自身のパーティを生存へと導いた。対象をケンジに決め、残りはエストワード自身による話術で印象操作を行い、ケンジにかけさせないようにした。オッズを高くしたのだ。


本来ならエナキにかける予定だったが、キラーモント時に目立ってしまいオッズが低くなってしまったのだ。これでは


もっともの彼の失態は迷い込んだように時期の早いうちにこの討伐ギルドに訪れてしまい、エストワードに目をつけられたことだ。そして、エストワードの尋問から実の妹を人質に取られてしまったことだ。いくらエナキでも、そこまで人質を取られれば逆らえない。エストワードの意のままだった。


逃げた選抜パーティの場所と情報を引き出させ、他の燈を使役させるため、一つのパーティを誘き寄せさせた。そこで得た燈、タクマサは最後の最後でエストワードに背いたが、問題ない。奴隷の契約魔法に反したため、爆散させた。



しかし、彼は死んでしまったのだ。奴隷魔法は本来対象の位置、声を拾ってくれるのだが、そのどれも彼から受信できるものはない。ドーバンも同様であった。アイツも俺の正体を見破った。


これでよかったのかもしれないと思っている。エナキもドーバンも腕に優れていた。エナキに関しては頭が切れる。痛い目を見るうちに手放すことができてよかったのかもしれない。


今はそれよりも、とエストワードは持っていたトランクを開けた。白銀貨1829枚、紙幣となって包まれていた。


「ふはははははははははははははははははははははははっっ…」



これでようやくエルバート家の交渉できる。王宮だって手に入るかもしれない額だ。交渉の余地はいくらでもある。交渉して自分の手に落とす。そしたら私の世界も広がる。名声を得られる。


―――私の時代だ!!!!!



「ふははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」


―――魔王になるのは、この私だ!!!!!



********


コン、コン、コン。


突然ノックの音がしてエストワードは笑いを止めた。人払いは済ましているわけだが、外から「ルームサービスです」と聞こえてますます思考を巡らせた。


はて、そんなものは頼んだのか、と。


最終的には、何かしらの報酬かもしれない、とエストワードの思考は落ち着いた。

何も躊躇なくドアを開けた。


「こんな時間に何のようかね」


あくまで紳士を装った。しかし、その必要はなかった。


「やっと会えたな…」


目の前にいたのは甲冑を被った兵士だった。なぜ兵士がこの時間に、その言葉を口にする時間はなかった。そのカートの中から、エストワードが殺害を完了した、と報告を受けていた、燈のコウガいた。エストワードは顔を知っているため、一瞬で分かった。そのコウガはスキルを発動しているのか白い閃光を身にまとい、大剣をこちらに向けている。


「なぁ???!!」


ドーバンの脇をすり抜け、2人の距離は一気になくなった。エストワードは咄嗟に闇属性の魔力で作成した剣でコウガの一撃を受け止めた。が、勢いを殺しきれなく奥のベッドまで押し切られる。テーブルやら椅子やらがごった返す中、2人はそのまま鍔迫り合いとなり部屋の中で膠着する。


「ぬぅぅ!」


「やっと会えたぜ、黒幕がよ…」


不意打ちではあったが、エストワードは何とか攻撃を防ぎ切った。コウガの力は凄まじいものではあったが、所詮は月日が短い鍛錬だ。何十年と鍛え上げているエストワードに部があった。故にコウガを抑えながら、エストワードには会話をする程度には余裕を持ち合わせていた。


「お前は…何者だ?」


兵士の男は甲冑を取った。褐色のその逞しい男もエストワードは見覚えがあった。ギラッチョだ。代わりに答えたのはコウガだった。


「最初から捕まってねぇんだよ。てめぇが燈に使役を送ったように、こっちも忍ばせておいていたんだよ…」


どうやらこのギラッチョという奴は王族の兵士に紛れ込んでいたらしい。なるほど、とエストワードは思った。どうやら嘘の情報を掴ませられていたらしい。


コウガがさらにスキルを発動させようと見て、エストワードは一旦距離を取った。一応燈最強の男だ。慎重に戦闘を進めていけば、負けることはない。何よりもエストワードは気分がよかった。


しかし、その背後からも追撃あった。バルコニーへと繋がるガラスが破られ、大きな斧がエストワードに迫った。同じようにエストワードは剣で弾いた。


仏頂面の男、ダイゴだ。かなりの力があり、エストワードは押される。同時に逃げた先に、いきなり別の人間が現れた。その人間は短剣を所持しており、反応が遅れたエストワードの手のひらを貫いた。


「き、貴様は…?!!」


「どうも…ユキムラっす…。アジトではお世話になりました…」


―――どこまで嘘の情報を掴まされているんだ!


「自分...不死身なんで...」


そんな馬鹿な話があるか。人間が不死身なわけがない。何かトリックがあるに違いない。エストワードは憤怒した。短剣に手を刺されたエストワードの体は硬直した。おそらく、何かしらの毒か何かが仕込まれているのだろう。それが狙いの的になってしまった。


「ティア!」


ダイゴの叫び声が合図だった。窓ガラスの向こうから矢が飛んできて、その矢には何かが結び付けられている。瓶、とエストワードが判断した頃には矢は命中し瓶は割れた。


―――水か…?


その判断は間違いだった。途端、エストワードに激痛が走った。


「おわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


体は溶けるようにして、白い煙が上がっていく。エストワードの体が溶けていく。


そこに追い打ちをかけるように、天井から黄色の光線がエストワードを貫いた。それは天井裏に潜んでいたミライの<<シューティングスター>>ということはエストワードには分からなかった。その威力に、エストワードを中心にして部屋のあらゆるものが吹き飛んでいく。


やがて、焦げたような白い煙を漂わせながら、エストワードが煙から出てきた。


そこにいたエストワードは人の姿ではなかった。背中には大きな黒い翼が生え、肌の色は緑。頭から鋼色をしたツノ。


魔族だった。


たまたま騒ぎを聞きつけた兵士の2人が部屋の中へと入ってきた。


「エストワードさーーーおい、大変だ、魔族だ!!!」


「な、なんでこんなところに!おい人を呼べ!!!」


尋ねものであったコウガを無視して、兵士達は増援を呼びに部屋へと出ていく。


部屋に残ったのは燈と魔族となったエストワードであった。


「なぜ、俺が魔族だと…」


「私が教えたのだ」


バルコニーの向こう側からドーバンが現れた。エストワードはさらに驚愕した。嘘だ。ドーバンこそ確実に死んでいると思っていたのだ。


そしてさらに、ドーバンとエストワードが結んだ契約上生きていることは絶対にあり得ない。契約をしていた時にはドーバンの魔力が一切感知できなかった。故に死んだはずではなかったのでは、とエストワードは思っていた。


「ぐはっ」


「いい声で泣いてくれよ…カスがよ」


動揺に動揺が重なる。エストワードは警戒していたにも関わらず、コウガに背中を刺された。エストワードが膝をつく中でドーバンは近づいてくる。


「魔石が多ければ、契約魔法も乱れるかもしれない。賭けであったが上手くいったな」


エストワードは理解した。ここらの土地は、一応究極召喚を管理するものとして全て把握している。あの洞窟に数日間篭ることによって、こちらからの干渉を全て遮ることができたのか、と。


「貴様のせいで口にできなかったが、な…やっとこの場面を迎えられる。カリス・エストワード。貴様は人間に擬態して長年多くの燈を殺した。その罪を、ここで死んで償え!!」


そのドーバンの叫び声に選抜パーティの皆が構えた。そこには、コウガ、ユキムラ、ギラッチョ、ダイゴ、ティア、ミライがいた。エストワードは不適な笑みを浮かべた。囲まれつつもエスワードは冷静だった。


「貴様ら燈を見ていると、本当に腹立たしいよ…。蝋燭の炎が燃えるような魔力の出し方…。憎たらしいことこの上ない!!!」


露見したなら知った者全員殺してしまえばいいのだから。

エストワードは叫んだ。


「いいだろう!次期魔王になるこの私が直接相手をしてくれる!!!!!」

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