覚醒するその燈
2500字、短めです
「ケンジィィィィィィィィイイイイ!!!」
エナキは目の前で目撃した。先ほどまでは瓦礫が影になったのだが、なんとか皆の無事を願って、這って視界が開けたところに出た。そして最悪の光景を目の当たりにした。ケンジがジャンプし、ミライに覆い被さるようにケンジが庇った。その上に大剣が降り注いだ。疑いようもなく、大剣によってケンジとミライが潰されたところをエナキは目撃した。
エナキの叫び声は虚しくにも響き渡った。
また、誰も救えなかった…とエナキはこの時に思った。
しかし。
しかし、何かがおかしいと思った。
思わず目を疑った。大剣は確かにケンジ達を潰したように振り下ろされたかに見えた。しかし、大剣は僅かにだが浮いているのだ。人1人分の僅かな隙間があった。
誰かが押し返している。
でも、誰が…。
「燈…」
それは燃えるような、けれども青いオーラを身に纏ったケンジがいた。そのオーラの出方はまるで灯のようで、仄かに輝き、ユラユラと燃えるようにケンジを包み込んでいる。
ケンジが握る刀によって大剣は弾き返された。そして、ケンジは<<アッシュ・ベヒモス>>に向かって飛ぶ。その跳躍は今までエナキが見たことがないほど、早かった。
「<<燈・細雨(ともしび・しう>>」
<<アッシュ・ベヒモス>>の体から一気に血が吹き漏れた。
*****
この時もケンジはあの時の夢のような光景を忘れていた。ただ覚えているのは、タクマサやマナブの顔、他の燈の顔が浮かんだことだった。
その顔が浮かんだ直後、一気に体が軽くなった。握っていた刀を上に上げて<<アッシュ・ベヒモス>>の攻撃を防いだ。本来ならその行動はあまりにも遅く、そして非力なものであった。しかし、予想を反して、あの重い一撃をケンジは特に気にすることもなく、最も簡単に弾き飛ばした。
この時のケンジはほぼ意識がないのと変わらなかった。ただ思うのは誰も失いたくない想いと目の前に大切なものを奪い続ける『生き物』への殺意のみだった。
それだけが今のケンジを動かしている。
「ケンジ君…それは…」
隣でミライが戸惑ったような声を上げる。しかし、もう、その人間が反応することはなかった。
<<アッシュ・ベヒモス>>は首を傾げたように、動かなくなった。不思議に思ったのだ。確かに潰したはずと思った敵が生きている。まるで時間を巻き戻したように。何事もなかったように突っ立っている。しかもあろうことか、自身の剣を弾き飛ばしたのだ。
「燈…」
燈が呟いた。<<アッシュ・ベヒモス>>は防ごうと、確かにその姿を視界に捉えた。しかし、その視界から消えた…。
「<<燈・細雨>>!!!」
<<アッシュ・ベヒモス>>の体から一気に血が吹き漏れた。魔物は突然の出来事に思考が追いつかず、体だけは理解していて、その場に跪いた。しかし、明らかな身の危険を察知し、後方へと飛んだ。この時初めて<<アッシュ・ベヒモス>>という巨大な魔物が人を目の前にして後ろに下がるという行動を取った。
一旦落ち着いて…ということもできなかった。物凄い速度で<<アッシュ・ベヒモス>>を追いかけてくる青い炎があった。地面を這うようにして、炎は魔物へと向かっていく。
地面に降り立った魔物が取った行動は目の前にあった瓦礫を前方にいる燈のような炎に投げつけることだった。大剣を地面に向け、そのまま抉るように大振りした。
大量と岩だけでなく、土砂が青い炎の前に現れた。炎に包まれたその人間は刀を一旦鞘に収めてから、さらに燃え上がった。そしてそのまま刀が抜かれた。
「<<細雨・雨雨(しう・さんさん>>」
抜刀術は基本一回きりだ。鞘から刀身が現れて攻撃し、終えたらもう一度鞘に収める必要がある。しかし、目の前に現れた線のような斬撃は複数現れた。網目のようにして細い斬撃は、土砂や瓦礫を防ぎ、全て切断されて粉々となっていった。
ギロリ。
燈の中から、確かに鋭い視線を<<アッシュ・ベヒモス>>は感じた。魔物はある感情を抱いた。それは恐怖だった。自分よりも小さい生き物を潰していた。自身の子供を殺されて、その生き物を敵だと認識した。そしてその敵はかなり弱い存在であることを知った。剣を一回振れば、多くのその生き物は潰れた。赤い液体が面白いように弾け飛んだ。そこに少しばかり快感を覚えていた。
まさか、その小さい生き物に、自分が殺されるなんて思いもよらなかった。明らかに恐怖が勝り、また一歩、今日2度目の後退を<<アッシュ・ベヒモス>>は選択した。その炎は一直線にこちらへと伸びてくる。
そして、その人間、ケンジも早くも限界が訪れていた。失っていた意識が徐々に戻ってくる。
その時、ケンジが頭の中で思い描いていたのはミライの魔法であった。
星空の魔法。シューティングスター。
あの攻撃は、あの夜空に似ていた。キラーモント討伐の宴でミライと一緒に見上げたあの夜空はケンジにとってもかなり印象深かったのだ。潜在意識となって、心に深く刻まれていた。
そして何より、ケンジの元いた世界と共通しているものであった。向こうの世界でも繋がっているというその証拠。いつかもとの世界に帰ることをミライは告げていた気がする。
高く飛んだケンジの体はあっという間に<<アッシュ・ベヒモス>>の頭上に到達した。
イメージはあの夜空の流れ星。ケンジは刀を抜いた。ケンジの叫び声と共に、かなり大きな太い斬撃が、まるで光線のように<<アッシュ・ベヒモス>>を切り裂いた。
「<<流星>>!!!!!!」




