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仲間同士揉める燈たち

しばらく時が止まった。


平手打ちにしてはかなり大きな音であった。店も大きくはない、小さい方だ。さらに密閉だ。だからこそ、よく響いたせいなのかもしれない。


―――ティアさんが、ダイゴさんを殴った…


そう理解するのに時間がかかった。突然の出来事にケンジは追いつけなかったのだ。恐る恐る隣にいたダイゴを見ると、頬が赤くなっていた。すぐ目の前にいるティアはケンジに一つも目をくれることなく、自身の目の前にいるダイゴを今すぐに殺したいと思っているような殺意溢れた目で睨みつけている。


「よくも私の前にノコノコと姿を見せられたわね…」


息を殺すよう、喉の奥から出した敵意剥き出しとも言える低い声だった。対するダイゴは、ティアの行動が理解できないのかいつもとは違う低い声色でティアに言い放つ。その声も戸惑い、というより憤りが含まれている気がした。


「離脱の件は、置き手紙を出したはずだが?」


ケンジでも分かった、どう考えてもこの場にふさわしくない言葉だと。何か他に言うべきことがあったのではないか、と。ケンジの考えが正しいと言わんばかりに、ティアの顔がさらに強張った。そして呆れ切ったのか、何を思ったのか分からないがティアが少し笑った。


「フッ…謝罪の一言もないのね。あんな紙切れで書かれた下手くそな字で、私たちが納得できるほど簡単だとでも思っているかしら?」


ティアがダイゴの胸倉を掴む。背丈もややティアの方が低い。筋力の差は歴然だろう。それでもティアも実力ある選抜パーティの一員だった。引っ張られたダイゴの体は軽々しくティアへと引き寄せられた。


ここでようやくケンジは何故ティアがここまで怒っているのか理解できた。ダイゴが選抜パーティを離脱したことに腹を立てているのだ、と。


ダイゴが選抜パーティを抜けたのは方向性の違いであるからだと、意識を失う前であったがケンジははっきりと覚えている。リーダー格であるコウガのやり方にダイゴは限界を感じていた。王族に対して反感を買うようなことをしているコウガのせいで、ダイゴは嫌気がさした。今回問題となっている燈が殺害されたという件が因果関係である可能性に否定できない状況だ。故にダイゴはパーティから抜けた。


ダイゴはこの一連の考えをティアに話したのだろうか。いや、話していないだろうと思った。そうでなければ、ティアがここまでダイゴに怒るはずがない。


鍛錬中に聞いたことがある。残された選抜パーティはダイゴの離脱についてなんと言っていたのか、と。ダイゴは『アイツらは、アイツらの好きな道を進むはずだ』と言っていた。特に気に留める様子もなく。


「どうして私がここまで怒っているのか…。ダイゴ、分かるかしら?」


こんな怒り溢れた表情をするティアを見たことがない。とにかくケンジは絶句している。本来なら止めなくてはいけない所だろうが、いかんせん動かない。動かない方がいいと全身が訴えている。それだけ二人から放たれる圧が激しい。ケンジにはない、強者しか持たぬ、あの圧だ。


「俺が勝手に離脱したからだろう」


「そうよ! でもあなたは深くまで考えてないでしょ!?」


「考える必要がないな。俺は何もコウガの奴隷じゃない、何をやろうとも俺の自由だ」


「この…?!」


ティアが奥歯を噛み締めているのはケンジから見ても分かった。なんとか怒りを押し込むとしているのだ。今にも歯軋りが聞こえてきそうな噛み締め方が、やがてなくなり、なくなったと思えばティアは一呼吸大きく息を吸って、そして吐き出した。


「信頼の問題よ、ダイゴ」


「…」


「あなたが何をしようが勝手よ。なんでもできるあなたのことだから、つい自身の力に過信するかも知れない。それも理解できる。だけどね…ううん、だからこそ!少なくともあなたはパーティに所属していた、周りと協力しながら暮らしていた。だったら前もって相談するなり、少しは私たちのことを考えてから行動しなさいよ!」


胸倉は掴まれたままで、言葉の途中途中でダイゴの体は揺らされる。そんなダイゴは黙ってティアを見下ろしている。その表情から何も読み取れない。ティアは負けない、とダイゴを見つめ返して自身の想いをぶつけ続ける。


「あなたが出て行った後…みんな思うことは違うかもしれないけど、ショックだった! 普段仏頂面で取り憑く島もないあなたでも、それでも…みんなどこかで頼りにしていたのは確かよ。討伐の時は私だって、ミライちゃんだっていつも頼りにしていた。コウガ達だって、憎らしい奴とは思っていたかも知れないけど、あなたの腕は買っていたはずよ…」


「…そうか」


「そうよ!でも、あなたはその信頼を全部踏みにじった!全部よ!」


ティアの声が次第に大きくなっていく。瞳には涙が溢れている。ダイゴが何か言う様子はなく、ただ黙ってティアを見下ろしている。


「私たちは同じパーティじゃないの!? 家族なんじゃないのかしら?!どうして、どうして、自分の思い向くままに何も相談もせず勝手に抜けたりなんかできるのよ!? 」


「……」


「みんな、どれだけあなたを頼りにしていたと思っているのよ…」


だんだんと声が小さくなっていく。


「……」


「…私がどれだけ仲を取り持とうとしたと思っているのよ」


最後に言った言葉は、消えそうなほど小さかった。どういった努力をしたのかは分からない。けど、あまり仲がよくないティアはコウガやダイゴ、ミライを含めた選抜パーティの仲を取り持とうとしたのかもしれない、とケンジは思った。


大粒の涙を流しながら、ティアは力が抜けたようにしゃがみ込んでいく。ダイゴの服に掴まろうとするもその勢いが消えることはなかった。


ケンジよりも背丈が大きく、優しくて、男性陣から人気があったティアがケンジ達の目の前で静かに泣きじゃくっている。見れば髪も少しボサついていて、何より気になったのは体のあちこちに刻まれていた痣や切り傷だった。包帯で巻き、なんとか隠そうとしているが、巻き方が雑ということもあって隠しきれていない。


ダイゴはしばらくティアを見つめて、何も動かなかった。


ケンジはケンジで色々と考えている。特に、パーティのことを『家族』、とティアが言っていたことが心の中から離れなかった。ケンジ達、燈に家族はいない。みんな元いた世界に置き去りにされていることだろう。家族全員が召喚された、という話を聞いたことはないし、部分的にもない。


家族、というのは凄く大事だとケンジは考えている。仲がいい友達とは違い、一部の人生でなく一生を共にする存在。たとえその人間関係が悪かったとしても、切っても切り離すことができない。何十年かけて例え仲が悪く離れ離れになったとしても、必ず思考の片隅に残され続ける。そして、それを抱えたまま生きていかねばならない。


もちろん家族の記憶すらもケンジにはない。召喚された全員がそうだろう。今後ケンジに家族ができるとすれば、この世界で相手を見つける必要があるだろう。


―――パーティが、家族…


ケンジには思ってもみないことをティアは考えていた。もちろん、ケンジは今のパーティ、エナキ、ミキジロウ、モモカを仲の良い友達だとは思っていても、家族と思ったことはない。


しかし、もしティアがパーティを家族だと思っていたとするならば、どれだけティアがダイゴ達を大切に思っていたのか。ケンジには痛いほど理解できた。だからケンジは思わず呟いてしまったのかもしれない、と後々になって思った。


「ダイゴさん…」


少しだけダイゴの眼球がこちらへと向いたのをケンジは気づいた。声に出してしまっては、ケンジがダイゴにモノを言わせたみたいで嫌だった。なんとかその場でジェスチャーや口パクをして考えを伝えようとした。


それがうまく伝わったのか、それとも元々ダイゴがそうつもりだったのかは分からない。やがて、ダイゴが片膝をついてティアの肩にそっと自身の手を乗せた。


「すまなかった、ティア」


ティアがゆっくりと顔をあげた。その顔は驚いているように見えた。正直ケンジも少し驚いた。きっと理由はティアと同じであろう。あのダイゴが謝ったのだ。人の気持ちに寄り添おうとしているのだと。


「謝れたのね…あなた」


「あぁ。悪いことをしたとは思っている」


「うん…そうよ。悪いことをした。…ダイゴ。あなたは、悪いことをしたのよ」


「俺はコウガの、奴の尻拭いをしたかった。危険が伴う。お前達まで巻き込みたくなかった」


「…じゃあ、ケンジ君を巻き込んじゃ駄目じゃない」


「確実に信頼でき、それなりに実力がある奴と組みたかった。お前らはコウガと繋がっている可能性もあった。仲間を信じきれなかった俺の弱いところが迷惑をかけた」


「…そう」


「あぁ」


しばらくダイゴとティアが見つめ合っていた。ケンジも年頃の男であったが、その時間は決して男女の仲を連想させるものには到底思えなかった。選抜パーティ内部の人間関係がどれだけ複雑なものであるかは分からない。でも、少なくとも今ここにいるダイゴとティアだけを見れば複雑なんて微塵もないようにケンジは思えた。


しばらくして、ティアは涙を拭いて立ち上がった。というのも気を利かせてくれた店主が顔を洗えるようにとタオルをカウンター越しから渡してくれたのだ。受け取ったケンジはそのままティアにタオルを渡した。いつもの優しい表情をしたティアが、確かにケンジの存在を認識してくれていた。


「ごめんね、ケンジ君。見苦しいところをお見せして…」


「いえ、解決したみたいで良かったです」


ここで少なくとも二人の争いは無事解消された。めでたし、めでたしになるとケンジは思った。


だが、違った。


先ほどのダイゴの発言が地雷だったように、ケンジの発言も地雷だったのかもしれない。いや、地雷だったのだ。


「ごめん、ケンジ君。解決はしていないの」


冷たい言い方だった。ケンジは息が止まるような思いだった。隣で乱れた服を整えていたダイゴですらその動きが止また。


「ダイゴ。手紙にあった通り、これから大事な話をするのよね? わざわざ私だけを呼び出して」


「そうだ。そこにいてもある程度情報は流れてくると思うが、お前達も知っておいた方がいいと思って、な」


「あなたのことだから、目先のことに集中したくてこれ以上この話をしたくない、と思っているでしょ? でも、ごめん。正直私の気持ちはまだ収まってもいないしこれから大切な話を聞く準備もできていないのよ」


ダイゴがめんどくさそうにため息をついた。どう育ったら、いやどこまで強くなったらこの状況でため息をつけるのだろうか。疑問に思ったのは内緒だ。


「はぁ…どうすればいい?」


「もう一度殴らせて? それで収まる」


…嘘だろ、まだやるのか。と思うケンジだが、話は崖を転がる小石のようにコロコロと先へと進んでいく。


「好きにしろ」


「えぇ。好きにするわ。お言葉に甘えて」


またあの光景を目撃するのか、とケンジは慌てた。不意に店主が目に入ったが、もう準備はできていて、あからさまに明後日の方を向いている。残されたケンジの準備を待たず、ダイゴがティアの正面に向き、ティアは利き腕ある右腕を必要以上に回しながら攻撃の射程範囲へと入る。


そして。


まだ脳内で新しいあの情景と同じような光景がケンジの目の前で再現された。でも、先ほどとは違った。何か。それは威力だ。


「いっぃ!」


その連想された痛さから思わずケンジは声を上げた。まず、乾いた音ではなかった。やけに鈍い音だった。それもそのはずだった。ティアの手は開かれていなかったのだ。握られていた、硬い拳を作るために。


体重を乗せたティアの重い一撃が、拳の面積を余すことなく的確にダイゴを捉えていた。頬を貫くようにして振り抜かれた。しかも正確には頬ではなく、顎の辺りだ。


「…ッッ!」


流石のダイゴも、倒れまではしなかったものの、確実によろけた。対するティアは清々しいような表情をして笑っていた。いつもの調子に少し戻っていた。


「さっきのミライちゃんの分よ。あの子、今も悲しそうな顔をするのよ」


そして、肘を曲げ、拳を見せつけるようにしてティアは言う。


「これは私の分。どうかしら?どれだけ私が怒っているか、これでもしないと分からないでしょ」


そのままカウンターへと戻っていくティア。残されたダイゴはしばらく動けず、ケンジも動けそうにない。


途中、ティアの巻いていた包帯がずれ落ちて腕の痣が剥き出しになった。でも、まるでこれから強く生きると言わんばかりに、


彼女が気にする様子はもうどこにもなかった。

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