99.王立オーケストラ⑨
その後は、リリーの話を聞いて、自分のパートを弾き直したり、何度も吹いて音色や音量を調整したりする者が増え、一旦個人練習の時間となった。
リリーはそれを見て、自分も頑張らなければ!と、予定通り滑舌の練習を始める。
音で勝負する他の楽曲と違い、歌曲は歌が勝負の鍵だ。
テレビだったら字幕があるが、もちろんこの世界にはないし、歌詞は耳で聞いて理解して貰わなければならない。
特に、初めて聴く他国の方々に向けてならば尚更気を遣う必要がある(ヴェルメリオ先生談)。
アイウエオ イウエオア ウエオアイ エオアイウ…
ひとつずつずらしながら一音一音発音を繰り返す。
どの音が先頭に来ても差がなく発せるように気をつける。
チェストボイスの練習では、胸の中で響かせる深い声を出すために、あくびをする時のように口を開け、薄く広い息を吐きながら胸で声を響かせるイメージをする。
ただ高音が出せるだけでなく、低音の美しさも得ることができれば、表現の幅が広がるのだ。
呼吸法も復習しながら、一心に取り組んだ。
昼食の時間をはさみ、午後の練習で音を合わせると、昨日と全然違う交響詩になっていた。
とても情調が豊かに、流れて包み込むように、本当にひとつの物語を皆で演じているような曲になっていた。
ノーテさんも、いつもより目が2割増し開いている気がする。
皆も同じように感じたのか、途中から肩の変な力が抜け、また柔らかさが立ってまとまりが高まった。
難しかった曲が安定の兆しを見せたもので、安心したのか他の曲もなぜがより安定し、耳に心地良い音色になった。
リリーの声も伴奏とのバランスが良く、声の伸びを弦楽器やクラリネットが拾って支え、一体化し、美しい旋律が出せるようになっていた。
夕方、練習が終わる頃には、リリーは楽団員の人達と軽口を言える仲になり、オーケストラのメンバーとだいぶ馴染めるようになっていた。
1番変わったのは、ノーテさんが時々、"もっとこうしてほしい"と、リリーにもちゃんと指示をくれるようになったことだ。
最初は、勝手にしろ感がすごく、俺は関与しないぜという意思表示が明確だっただけに、リリーは嬉しかった。
(ノーテ氏は大人気なさすぎるのだが…)
昨日より胸が温かく、あまり疲れずに別邸へ帰ることができた。
そして練習が進み、ようやく、公子達が来訪する日の朝を迎えた。




