94.王立オーケストラ⑦
「さっきは本当に悪かったよ」
「いじわるなことをしたと思う」
「ごめんなさいね」
直接リリーに謝りたかった人達だった。
「もう全然気にしていませんわ。皆様が大変だったことも分かりましたし」
リリーがかぶりを振ると、
「ねぇ、良かったら、何か他の曲を歌ってくれないかな」
「私も聴きたいです!」
休憩中の和やかさからか、何となくリリーが歌う雰囲気になってしまった。
リリーは少し迷ったが、皆の疲れた心が少しでも安らぐようにと願って、いつもの、アメイジングな歌を歌うことにした。
リリーの透き通った声が、ホールに響き渡った。
確かに、自分でも、以前この曲を歌った時より声が出ているし、音がぶれずに伸びているな、と思った。
特訓の成果かな。
歌い終わって拍手を貰うと、歌を所望した数人だけでなく、ホールの端にいる人達からも拍手をされていた。
―――よく見ると、ノーテさんも微妙に手を叩いている。
皆の肩の力が抜けたように見えて、良かった。
心なしか、ピリピリした空気も柔らかくなった気がした。
再開された練習を眺めながら、ふと、リリーは中学で習ったモルダウを思い出していた。
それこそモルダウも交響詩のジャンルの曲だ。
この交響詩は、オーストリアの南の街で生まれ育った作者が耳を患った晩年に祖国を想って書いた曲だ。
曲の初めは2つの水源から流れる小川をフルートとクラリネットが表現し、2つが合わさって川になる所から弦楽器が加わり、チェロやハープ、シンバルなどの多彩な楽器が表す街やお城、結婚式で妖精が踊る姿、逆に冷たい戦争などの様々な出来事を、モルダウ川が通り過ぎながらドイツに抜ける様子を描いている。
モルダウは、中学では日本語の歌詞を添えて習ったが、そもそもは歌詞のある歌ではない。
モルダウを聴いた日本人が、オーストリアの情景を想像しながら歌詞を乗せたわけだが、外国のイメージがあまりつかない中学生にはありがたく、モルダウは歌詞のある曲として認識されている。
ラピス公国の交響詩も、同じようなのかも、と思った。
国交をする王族や外務大臣、貿易商はともかく、一般貴族や市民が外国に行く機会は皆無といって良い。
イメージのできない他国の曲を歌うように叙情的に演奏なんて、できないのかもしれない。
オーケストラの皆の音は揃っているし綺麗は綺麗だから、後は曲の理解、気持ちを乗せるだけなのだ。
その日の練習はあのあとすぐに終わり、解散となった。
リリーは迎えに来てくれた兄様に頼んで、王立図書館に案内してもらうことにした。
そこで、ラピス公国について少し調べることにしたのだ。
この94話は、ほぼ書き終わった時に全部消し飛ぶという大惨事に見舞われ、危うく泣く所でした。
逃した魚は大きいというか何と言うか…
1回めに書いた時の方が読みやすかったような気がしてなりません(´-`)




