93.王立オーケストラ⑥
そこからは普通に音合わせが始まった。
今度はきちんとした音量で伴奏をされ、リリーが歌う。
リリーは前の1週間で見た様々な綺麗なものや風景を思い出しながら情感を込めて歌い、また鍛えた腹筋と腹式呼吸により声量も問題がなかった。
「リリーさんは本当にすごい。歌手顔負けの声量だよ。実は初めの応酬(!)でも内心すごく驚いたんだ。
普通の貴族のご令嬢は、こんな芯がしっかりした声は出せないよ。
それに音域も広いし声が揺れずに安定している。
だいぶ練習したんだろうね」
とりあえずヴェルメリオ先生に合格点を貰えて良かった。
アズール先生の面目も保たれたようだから、リリーはほっとした。
むしろ問題なのは、オーケストラの方だった。
リリーも最初に感じていたが、何かこう… 足りない感じがするのだ。
上手だし音は揃っているんだけど、それだけだ。
聴いていても曲の背景が浮かばないし、聴いた後に、余韻が残らない。
何でだろう…
リリーとの音合わせは一旦終わり、そんなことを思いながら他の曲の演奏を聴いていると、
「今回のことは、オーケストラの皆にとっても、急な話だったんだ。
曲目が決まったのも1週間前で、しかも、ラピス公国の交響詩なんて誰も聴いたことがない。
楽譜から音を拾うだけでも大変だったことだろう。
それに… 楽団のメンバーの中には、総合音楽コンクールに出場する人もいるようだ。
課題曲の練習もあるから、しばらく寝ていない人もいるんじゃないかなぁ」
と、ヴェルメリオ先生が言った。
リリーはそれで納得した。
だからあんなに酷い空気だったんだ。
合わせるのがやっとの知らない曲、他国の知らない曲を来週までに仕上げないといけない状況、国王や貴賓の前で披露するプレッシャー、本来なら全力投球したい音楽コンクールに時間を割けないもどかしさ、それらの焦りが、リリーの登場に分かりやすくぶつけられたのだろう。
要は、八つ当たりだった。
ヴェルメリオ先生は更に、
「今はまだ、楽譜をなぞっているだけだ。
まだ自分のものにできていないし、楽器が歌えていないね」
と言った。
それだ!
リリーも、楽器が歌えていないなぁと思っていた。
彼等も一旦演奏を終えて休憩時間になったようだ。
すると、リリーの所に何人かが寄ってきた。




