91.王立オーケストラ④
大音量の伴奏(?)にビビって歌えなくなる予定だった金持ちの美少女は、
実はものすごく負けず嫌いだった。
リリーは音の渦に逆らうように、腹の底から太く激しい声を張り上げた。
おおよそ、少女の声とは思えない声で。
それはオーケストラの音量に紛れ込むことなく、響く。
小鳥のさえずりが、大鷲の哮りのように。
木々のざわめきが、嵐の森のように。
夜の静かな湖が、湖面を打つ雷雨のように。
音を変調させながら、まるで違う曲のように歌う。
オーケストラの楽団員は、指揮者の舵取りに懸命に従いながらも、テンポや音階を崩すリリーに翻弄される。
一糸乱れぬハーモニーを奏でていた楽団員の足並みが、少しずつ崩れ、そのことに驚いたり音に自信がなくなった者の音が徐々に小さくなる。
残ったのは、リリーの鬼気迫る歌声だけだ。
周りの音が小さくなってから、リリーは元の曲調に戻した。
先程とは打って変わって優しい声で甘い歌を歌う。
桃色の花がほころび、透き通った小川がトロトロと流れ、水色の空に白い雲が浮かび、ゆっくり流れていく。
太陽が海の波に反射してキラキラ輝く。
包み込むような穏やかさで歌い上げる。
最後のロングトーンで、全楽団員の鳥肌が立った。
完璧に、美しいビブラートだった。
静まり返ったコンサートホールの空気は痛い程の緊張感が張り詰めていた。
誰も声を出さず、音も立てない中、静寂を破ったのは。
「いやぁ、これは、すごい喧嘩だったなぁ」
ホールの端から、見覚えのある人が近づいてきた。
その人は、
ヴェルメリオ・グリージョ・リンデン伯爵だった。
「ヴェルメリオ先生!」
リリーは驚いて駆け寄った。
「君を弟子に頼んだまま、一度も様子を見にいくこともできなくて、少しだけ心配だったんだ。
今日はソニードに頼んでちょっとホールに入れて貰っていたんだよ」
リリーの頭をぽんぽんと撫でながら、
「君の歌も今日初めて聴いたけど、想像を遥かに上回る声量と情感と… 度胸だね」
ニヤリと笑いながら、褒めて(?)くれた。




