90.王立オーケストラ③
王立オーケストラの楽団員は、オーディションの形で採用が決まる。
国王は、生まれで貴賎を決めないという思想を体現するために、このオーケストラは貴族も平民も応募資格があるとしていた。
つまり、完全な実力主義の楽団なのだ。
お給料も良いし、生まれを問わない職が少ないので、平民の応募はかなり多い。
また、このオーケストラに採用されるのは国で1番腕が良いと認められたことと同義であり、名誉なことでもあるため貴族からの応募も多い。
さらに、曲目によって必要な楽器や数が違うため、コンサートなどではその曲ごとに奏者の選抜がある。
競争率200倍とも言われる楽団員に入ったメンバーは、血の滲むような努力をしてメンバー入りを果たし、地獄の選抜をくぐり抜け、今の立ち位置にいるのだ。
そんな彼らだから、可愛いだけのリリーを許せない者もいた。
音楽の経験もないのに、どこかのお茶会で歌った時に、少し歌が上手だったくらいで、同じ晩餐会に出ることになった少女。
歌の時の演奏は、伴奏だ。
伴奏とは、要は引き立て役だと思う。
歌を綺麗に響かせるように、旋律に手を添えて声を遠くに届かせる、縁の下の力持ちだ。
しょうもない貴族の少女の歌を支えるなんてまっびらだと思う楽団員は結構多かった。
また、リリーの外見がかなり可愛かったことも、悪い方に作用した。
身分と容姿で今回のことが決まったと結論付けられてしまったのだ。
そんな周囲の雰囲気を気づいているのかいないのか、リリーは、曲をふんふんと聴いていた。
聴きながら、演奏された曲の中では、交響詩が1番好きだなーと思っていた。
唯一曲に表情があって、聞いていて楽しい気持ちになったからだ。
さて交響詩が終わり、いよいよリリーの歌う曲の順番が来た。
リリーは立ち上がり、先程までコンマスのバイオリン奏者が立っていた所に案内されて立ち、皆様にご挨拶をした。
「今日からしばらくお世話になります。
ディアマン・ブロン・リリーと申します。
至らない点が多いと思いますが、精一杯頑張りますので、宜しくお願い致します」
おじぎをして顔を上げる。
特に返答や拍手は、無い。
指揮者を見上げれば、無表情でリリーを一瞥すると、すぐに前を向き直り、両手を上げた。
それを見たオーケストラの皆も、リリーから視線を外し、指揮者に注視した。
そして、タクトが振られ、彩然寶頌の前奏が始まった。
雄大な、大きな川が流れている描写の旋律だ。
リリーは、その後の歌の入り口に備えて深呼吸をし、息をお腹に溜めた。
だがおかしい。
普通は、歌が始まる手前で、デクレッシェンド(だんだん小さく)になるはずだ。
しかし曲は前奏の音のまま、雄大な川から洪水のように激しく進んできた。
この音量では、声がかき消されてしまいそうだ。
誰もリリーの方を見ていない。
この曲には歌なんか無い、いらないという明確な意思表示が感じとれた。
なるほどね…
でも、リリーにはアズール先生がついている。
劇団の皆が助けてくれて仲良くなって、皆がこの舞台の成功を祈ってくれてる。
不本意ながら、父様も兄様も楽しみにしてくれているし、何より、今回の目的である、来賓の公子様達に喜んで頂きたい。
お腹に溜めた息を練るイメージで圧を高めて胸の前で手を組み、本来のウィスパーボイス(ささやきごえ)からのスタートを急遽取りやめて、一気に、高く通る強い声を響かせた。




