86.公爵家別邸①
フルフィールの丘を出て、王都までは馬車で2時間かかるので、途中何度か馬を休ませて、時計塔に着いたのは、やはり夕暮れ時だった。
キュステ・コスタ海岸の夕暮れは、もう夜に近く、深い青から紫のグラデーションが美しかったが、今日の夕暮れは、オレンジ色の、明るい夕焼けだった。
時計塔は煉瓦造りで、夕焼けをバックにすると更に燃えているように赤く見える。
展望窓は一般開放されていて、王都を一望できるとカシアから聞いていたので、頑張って螺旋階段を登る。
基礎体力があるリリーでも、病み上がりからの強行日程で、さすがに疲れており、最後の方は膝が震えていた。
… ジニアはかなり序盤から膝が震えていた。
「わーーー!!」
時計塔には結構人がいたので、少し順番待ちをしてから窓辺に立った。
これまで見た景色は、大自然が織りなす風光明媚の美しさだったが、時計塔の窓から見る景色は、数多の家や道、街並みが現す芸術美だった。
道の煉瓦、屋根の色、壁の塗り方など、計算されたモザイクタイルのように小さな色々が見事に配列され、窓を額縁としたら本当に絵のようにみえる光景だった。
初めて見たけど、さすが王都だなぁと感心した。
正面やや遠くにある、門がやたら立派なお城が、多分王城なのだろう。
明日はあそこに行くと思うと、胃がキュッと小さく絞まった。
せっかくなので、6時の鐘が鳴るのを待って、公爵家別邸へと向かった。
「リ〜〜〜リ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
公爵家別邸に着くなり、黒々とした巨体が飛び出してきた。
巨体の正体は、もちろんリリー父だ。
大柄でも目が丸くて可愛いと、ベイジルみたいな熊人相になるけれど、リリー父は目が細くて鋭いので、もう極道かマフィアかという人相なのだ。
しかも日々の軍隊業務で日に焼けて真っ黒。
そんな裏稼業の重鎮が、顔面を総崩れさせて飛び出してきたから、大変驚いた。
「無事で良かった…! 初めての遠出だったから、心配したよぅ〜〜〜〜〜!!」
父様はおいおいと泣きながらリリーを抱きしめた。
この旅をする事は急に決まったので、邪魔をされてはいけないと、実は事後報告にしていた。
多分、北の砦を出る頃の時間で、ロータスがお父様に報告と、翌日の滞在を相談したはずだ。
通常なら大激怒する事案だが、多分、"リリーが別邸に泊まりに来る"という衝撃情報が、その他の内容を吹き飛ばしてくれるのではと睨んでいた。
そしてその目論見通り、話を聞いたお父様は、
「リリー来る!!お泊り!!明日!」
と急にカタコトになり、別邸の使用人を集めてo.mo.te.na.shi大会議を始めたらしい。
スッタモンダが決まって冷静になった翌日の、リリー達が到着する時間頃になってからようやく、リリーが生後初めての遠出をしていることが心配になってきたらしい。
リリー達の到着を今か今かと待っていたので、馬車の蹄の音を聞いてから居ても立ってもいられずに飛び出してきたようだ。
ぎゅうぎゅうとハグをされて、骨がマジで軋むリリーは、
「と、とりあえず、中に入れて下さい…」
と声を絞り出した。




