85.染色工房
「まぁ、わざわざお声掛け頂き、ありがとうございます」
ハルディン子爵夫妻は、初老の夫婦で、銀に近い白髪を綺麗に整えておられた。
貴族の人はドレスを着ていることが多いが、ハルディン夫人は比較的質素なワンピースを着ておられ、しかも色がかなり淡いものだ。
所々に濃淡のあるその色合いに見覚えがあり、リリーは尋ねてみた。
「ハルディン夫人、もしかして、そのワンピースは、ご自身で染められたのですか?」
「そうなんです。 よく分かられましたね」
夫人は目を丸くして驚きながら、
「子爵家領は自家栽培の植物で行う布の染色を主な産業にしています。
ハンカチやクッションカバー、スカーフなどに使う布を四季折々の色に染めて出荷をしているのです。
花や葉でも、種類によって綺麗に染まるものと染まらないものがあって、あの丘で色々と栽培をしたり試したりしています」
なるほど!
そういえば、百合子も小学生の時に色水遊びとか言って、アサガオの花を擦って出した水に布を着けて染めたことがあったわ。
それで丘ごとに大量に植えておられたのね!
鉱物や貝の粉で染めると、わりとハッキリした色になるけど、植物で染めると淡い色になって、優しい風合いになるのだそうだ。
工房を見学させて頂くと、何人もの職人が花や葉、木の皮を煮出した液に何かを加えてから布を漬け込んでいた。
乾燥室には、柔らかい萌葱色や藍色、紅色、檸檬色といった様々な色のたくさんの布がはためいている。
ふと、木の台の上に、日本で見慣れていたタケノコを見つけ、リリーが懐かしくなって触っていると、
「それは、皮から色が出るんですよ」
と近くの職人さんが教えてくれた。
タケノコの皮は茶色いけれど、煮出して出た汁に、先程の何かを加えると、煮汁はパッと鮮やかなピンク色に変わった。
「わー!! 綺麗ですね!」
何だかマジックみたいで楽しく、できることならずっと見ていたかったが、そろそろ行かなくては。
リリーは乾燥室で揺れていた、優しい杏子色の布が気に入り、ぜひ購入したいとお願いした所、譲って頂くことになってしまった。
ちゃんとお支払いすると言っても、頑なに断られるので、今回はご厚意に甘えることにした。
このご恩は、いつか必ずお返しします!
ハルディン子爵夫妻と、工房の職人さんによくお礼を言って、一行はフルフィールの丘を後にした。




