80 .兵士達のトレーニング⑦
シーーーーン
訓練場は、静寂に包まれた。
「ロカ隊長」
リリーが視線を投げて先を促す。
「リ… リリーお嬢様の、勝利です」
掠れた声で隊長が宣言すると、
「すっげぇぇぇぇぇ」
「マジかっけぇ!!」
「お嬢様最強!!!」
「てか、どうやったらあんなんなるん??」
わぁぁぁぁぁと一斉に兵士達が歓声を上げた。
リリーは木刀を下ろしながら、
「これが真剣なら、私の最初の一太刀で首を落とされておりますよ」
とメガロに言った。
ロカ隊長は下を向いて表情を消している。
メガロはまだ呆然としている。
「メガロさん。貴方は身体が大きいから、多分今まで自分より小柄な人を相手にすることが多かったんじゃないでしょうか。
そのせいで、下を見ることは得意だけど、上を見上げるのが苦手ですね。
だから私が上から攻撃したら、首を反らすのがワンテンポ遅れて、目視が遅くなってしまいます。
この瞬間的な反応の遅れは、積み重なれば大きな痛手になりますよ」
リリーは続ける。
「あと、振り返ったり振り向いたりするのも苦手ですね。
要は、身体が硬いのです。
私はこの砦の鍛錬に、ストレッチ、つまり柔軟体操が無いのが気になっていました。
遠い国の言葉に、"柔は剛を制す"という格言があります。
身体を柔らかくして、筋肉が力を発揮しやすい状態にしておけば、もともと私みたいに筋肉量はあまりない女の子でも、こんな大男さんに勝てるという意味です。
逆に、メガロさんみたいに筋肉隆々でも、身体を柔らかくしならせることができなければ、筋肉はバネの力を上手く発揮できず、うまく力を出せないのです。」
周囲の兵士は、なるほど、フムフムと静かに聞いている。
「あとはあの無茶なトレーニングです。
準備運動もなしに全力疾走して冷水に飛び込むなんて、百害あって一利無しだと思います。
あの急な走り出しで、過去に足がおかしくなったり、走れなくなった人はいないですか?」
何人かの兵士がうつむいた。
どうやら、やはり以前アキレス腱断裂や肉離れ系を起こした人はいるらしい。
可哀相に…
「そもそも、団員さん全員が全く同じトレーニングというのがおかしいのです。
戦いに勝つのに大切なのは、肉体の強さだけではありません。
頭です。戦略を考える司令塔が、最も大切な役割の方だと思います。
直接戦って勝つ時は、基本的に幾多の兵士の屍の上に勝利があるのが当たり前です。
戦いに勝ったとしても、亡くなった兵士のその親や子や友人の悲しみは消えません。
つまり、戦わずに勝つことができれば、それが1番良いのです。
誰も死なないのが皆が幸せでいられる方法です。
でも、それはとても難しいから、いかに犠牲を減らすかが大事になります。
そのためには、敵を知り、地形を知り、自軍の特性と武器を知って作戦を立てる人が必要です。
その人が司令塔、あるいは軍師と呼ばれ、戦闘時の大切な役割です。
同じ兵団に所属していても、前線で戦う実戦部隊と、後方で作戦を錬る司令塔部隊では、もちろん鍛錬の内容が違います。
ある程度は同じ基礎トレーニングがあるのは問題ないですが、それ以上は、専門性に別れてそれぞれを高めることが必要です。
少なくとも、厳しいトレーニングについてこれなければ無能だと蔑ろにする風潮は、今すぐ変える必要があると考えます。
仲間の命を軽んじる兵士に、私は守ってもらいたいとは思いません」
リリーは言いたいことを一気に伝えた。
ロカ隊長の反応が気になるが、尚も応答がないので、リリーは聞いてみることにした。
「私の言っていることが納得いかないのなら、何度でも証明して差し上げます。
柔らかさ無き身体は、ただの肉の塊です。
無茶なトレーニングに、意味はありません。
ご理解頂けないようでしたら、ロカ隊長も、私とお手合わせ致しますか?」
「いえ… すみません。」
隊長はようやく口を開いた。




