78.兵士達のトレーニング⑤
細長いこの木刀は、リリーの小さな手に良く馴染み、とても振りやすい。
何の木から作られたのは分からないけど、よくしなり、それでいて折れずに丈夫だ。
ちょうど、フェンシングのフルーレの剣の感じと似ている。
女性や子どもでも扱いやすい剣だ。
リリーは良い木刀を手に入れてホクホク顔で訓練場に戻った。
そこには兵士達が試合スペースを取り囲んでいた。
「お、お嬢様、やめられた方が宜しいですよ…」
「本当に危ないです。もしかしたら怪我では済まないかもしれません」
意を決して話しかけて下さる兵士達は、皆青ざめて心配そうだ。
リリーはあえて天使のように朗らかに、
「大丈夫ですわ。ご安心下さいませ。
私には、勝利の女神様がついていますの」
と微笑めば、その笑顔にハートを撃ち抜かれる者や、最悪の事態を想定して絶望の表情になる者もいた。
リリーはまっすぐ、兵士達の輪の中に進んでいった。
そこには難しい顔をしたメガロとロカ隊長、ジェイバーがいた。
「本当に、メガロと試合をされるのですか」
ロカ隊長が聞いた。
「もちろんですわ。死力を尽くして戦わせて頂きます」
「では、この試合でお嬢様が怪我をされた場合、ジェイバーが全責任を負う、で宜しいですね?」
「はい。それはお約束します。 良いですよね、ジェイバー」
「はいお嬢様」
「皆も聞いたな!?」
ロカ隊長は周囲の兵士達に聞き、うなずくのを確認して満足げに口の端を上げた。
「ロカ隊長、ひとつ約束をして下さいませんか。
もし私がメガロさんに勝ったら、この砦の鍛錬やトレーニング内容を見直して下さることを」
リリーが言うと、
「本気でおっしゃられるんですか? 本当にメガロに勝てると?? リリーお嬢様は身体が弱いとは聞いていましたが、まさか頭も弱くていらっしゃったとは!」
もうロカ隊長は、リリーを表面的だけでも敬うことすら止めたらしい。
むしろ清々しい素直さだ。
「… で、お約束して頂けますか、約束頂けないのですか」
リリーが再度聞くと、
「いいですよ、そう致しましょう。私が1番隊隊長として、1〜3番隊全部のメニューを決めていますから、お嬢様が勝つようなことがもしあれば、喜んで全権をお渡ししましょう」
ロカ隊長は両手を広げて大仰に言った。
メガロはこのやりとりを、たいして面白くもない顔で眺めていた。
「あぁ、メガロさん。私もお願いごとを掛けるのですから、メガロさんにも何かご希望はありませんか?」
「別にないですけど…」
「2000フラウでいかがですか? 勝った場合の褒賞として」
「に、2000フラウ!?」
メガロはアシュトンと同類らしく、一瞬で目が輝いた。
「本当に、俺が勝ったら貰えるんですか?」
「ハイ、差し上げますよ。その様子では、褒賞は2000フラウで宜しいようですね」
「おう! … はい」
俄然ヤル気になったメガロは、ブンブンと木刀を振り、足を踏み鳴らした。
周りからは、「メガロの奴良いなぁ!」「役得だよ」という声が聞こえてくる。
勝負の勝敗は、先程のことを鑑みて剣を落とすではなく、"背中が地面に着くこと”が敗北と定められた。
「それでは、あまり時間もありませんし、早速始めましょう」
リリーのひとことで場が静まり、皆は隊長の合図を待った。
ちなみに、ジニアは北の砦を見学した後、兵士の訓練には興味がなかったので、リリーに許可を得て(美味しいお土産を条件に)北の街でお買い物をしています。
もう少ししたら帰ってくるはずです。




