76.兵士達のトレーニング③
メガロは万一にも剣を落とさないよう、両手で木刀を握り、身体の正面に構えている。
「いつでもどうぞ」
メガロが言い、隊長の合図で開始となった。
「ペルルさん、よくご覧になられていて下さいね」
リリーは木刀を握り、重さを確かめるように2、3回振った。
そしてトコトコとメガロの前に進む。
次の瞬間、木刀を水平にヒュンッと薙いだかと思うとその勢いのまま身体を捻じり、即座に片足で踏み切って宙に浮き、素早く一回転しながら踏み切った足と反対の足で思いっきり木刀を蹴り飛ばした。
旋風脚の応用だった。
メガロは、リリーの木刀が目の前をかすめた時、自分の木刀に当たらないよう、瞬間的に切っ先を少し下に下げた。
速度には驚いたものの、結局リリーの木刀は宙を斬り、木刀には当たらずホッとしたのに、
今メガロは木刀を握っていなかった。
あるのは手の痺れだけだ。
ガラーーーン カラカラカラ…
吹っ飛んだ木刀の、乾いた音が響いた。
「おっ… オォオォオォオォ!!!!」
固唾を飲んで見守っていた兵士達が歓声を上げる。
するとメガロが、
「こ、こんなのイカサマだ!! 蹴りを使うなんて、ありえないじゃないか!」
怒って言った。
「いいえ。ルールはただひとつ、"メガロさんの木刀を落とす”だけですわ。剣で落とすとは、言っておりません。」
リリーはか弱い(?)少女だ。
ボディビルダーが両手で握っている木刀を、腕力で落とすことはできない。
だが脚力には自信があった。
「戦場でも、そんなことをおっしゃいますの?
"相手も剣を使うと思ったのに”と。
そんなの、生きるか死ぬかの場面では、致命傷になりかねない思い込みですわ」
さらに、
「メガロさんは、木刀を目で追うだけが精一杯だったようですね。目先の動きに気をとられて、敵の足や身体の動きに注意を払えないようでは、足元を掬われますよ」
リリーが更に続けようとすると、
「たった一度木刀を蹴り落とせたくらいでそんな大きな顔をされては困りますねぇ」
とロカ隊長が被せてきた。
「そうですね、私もそう思いますわ。ですから、今度は本気の、模擬試合を致しましょう」
リリーはにっこり笑って答えた。
「それは… やはりできかねます。お嬢様に怪我をさせたら、公爵様に申し訳が立ちません」
隊長が少しきまりが悪そうにうつむく。
「あら、先程お約束しましたのに。お破りになられますの?」
「 … 」
ふむ。
「ジェイバー」
この様子をずっと黙って見ていたジェイバーを呼んだ。
「ハイ、お嬢様」
シュタッとジェイバーが傍らに寄る。
「私は、この模擬試合で怪我をしてしまうかしら」
小首をかしげてジェイバーに聞いた。
ジェイバーはメガロをしばらく眺め、先程の動きを思い出してから目を閉じ、静かに言った。
「いいえ。お嬢様には、傷ひとつつくことはないでしょう」
これにはロカ隊長もメガロもさすがに頭にきたようで、顔を額まで赤くし、歯を食いしばっている。
「我が家の護衛騎士がこう言いますの。全く問題ございませんわ。
もし私が怪我をした場合、護衛がちゃんとできなかった責をジェイバーに負わせましょう。
貴方がたは私のワガママに付き合わされただけ。咎はありません。
それでいかがですか?」
2人は、こんなに馬鹿にされてはさすがに引き下がれないと、リリーの提案にとうとう頷いた。




