75.兵士達のトレーニング②
「ハハハ。
お嬢様は、幼少から病弱でいらしたと聞いています。
鍛錬などする必要もなく、ただお屋敷で可愛がられて過ごされた方には、理解に苦しい光景かもしれませんね。
しかし、あちらを見て下さい」
ロカ隊長は、訓練場の右端で行われている模擬試合を手で指し示した。
そこには、細身の小柄な兵士が、大柄の兵士に一方的にやられている様子がみてとれた。
小柄な兵士は木刀が来ると、怖いのか反射的に目をつぶってしまうようで、ほぼ打たれ放題の状態だった。
相手の兵士は、それをいたぶるように遠慮なく打ち込んでいる。
多分、力の面で手加減はしているようだが、明らかにこの状況を楽しんでいるようだった。
「あのヒョロッとした兵士は最近入団したばかりの奴です。 母親が病に倒れ、その薬代を稼ぎに入団したようですが、これまでろくに身体を使っていなかったのでしょう、全然戦えません。
彼は先程の腕立て伏せも腹筋も、他の兵士の半分もできないし、川も泳げない。剣技もあの有様です。
熱意はあって、頑張りますと口では言いますが、それだけです。
入団して1ヶ月程様子を見ましたが、あのように、いっこうに改善する様子がない。
あと2〜3週間様子を見て変わらなければ、解雇する予定です。」
リリーは隊長の話を、彼等の模擬試合を見ながら黙って聞いていた。
隊長はリリーを諭すように続ける。
「自分達の鍛錬は、有事の際に自分と民を守るためにあります。
強い身体はそのために絶対に必要です。
口だけや気持ちだけでは誰も守れないし、砦の兵士は務まりません。
厳しいトレーニングは、強い身体作りに必要なのです」
お分かりになりましたか?
とばかりに隊長がリリーを見返す。
リリーは、
「おっしゃりたいことは分かりました。
でも、あのようなトレーニングでは身体に負担が大きい割に、得られる効果が少なく非効率的です」
と尚も言いつのると、隊長はついに表情を崩し、目に見えて苛立った顔をした。
「… 鍛錬の何たるかも知らない小娘が 」
口の中で噛み潰すように低く呟いた。
刹那、リリーは走り出した。
そして、先程まで眺めていた兵士の模擬試合の場所に駆け寄った。
突然のことに、小柄な兵士も大柄な兵士も動きを止め、目を丸くしてリリーを見ている。
小柄な兵士はボロボロで、すでに剣を握る力もなく、今にも倒れそうだった。
「貴方、お名前は?」
リリーが聞くと、小柄な兵士は「ケオ・ペルルです…」、大柄な兵士は、「マーヴィ・メガロです」と答えた。
「そうですか。ペルルさん、貴方はまず、目をつぶらずに剣を見る練習が必要ですね。」
とリリーが言って振り返り、
「メガロさん、私とも模擬試合をしてくれませんか?」
と聞いた。
「…?
いやいや、お嬢様と試合だなんて、そんな、無理ですよ!」
メガロは、一瞬何を言われたのか分からずに固まったが、すぐに慌てふためいて断った。
「怪我でもさせちまったら、公爵様に合わせる顔が無い」
「そうですよ。今ちょっと見ただけで、まさか自分もできるような気持ちになられたんじゃないですよね。
鍛錬は遊びではないんです。
おかしなことを言うのはやめて下さい」
隊長もやってきて苦言を呈する。
「では、どうすれば私が遊びやふざけた気持ちでないと、分かって下さいます?
もしも私がメガロさんの持っている木刀を落とせたら、模擬試合を認めて下さいますか?」
リリーは、ペルルが落とした木刀を拾って言った。
「お嬢様、、いい加減にされないと、お父上のお顔に泥を塗ることになりますよ」
隊長はもう苛立ちを隠さず、不機嫌を顕わにしている。
そこに、
「隊長!良いじゃないですか。 メガロは受けるだけだからお嬢様は怪我をしないし、それでお嬢様の気が済むなら、記念にさせてあげたらどうでしょう?」
アシュトンだ。
「まさか、メガロの剣が、こんな小さなお嬢様に落とされるわけはないんでしょうから」
ニヤニヤしながら言う。
「はぁ… 分かった。
リリーお嬢様、それでは約束して下さい。
メガロの剣が落とせないと分かったら、もうこんな無茶なワガママを言わないで下さいね」
隊長はため息まじりにリリーに言った。
「分かりました。お約束します。
ですが、ロカ隊長もお約束して下さい。
私がもし、メガロさんの剣を落とせたら、メガロさんと模擬試合をさせて下さると」
「あぁ、そんなことは絶対に起こらないが、万が一そのようなことになったら、その通りにしよう」
隊長はもはや呆れた顔で約束をしてくれた。




