70.過労
「お嬢様ぁぁあーーー!!」
翌日、案の定、リリーは熱を出した。
久々の発熱に、最近リリー溺愛度が振り切れているお屋敷の面々はざわめきたった。
ベッドの周りを取り囲まれ、皆心配そうな表情でリリーを見つめ、たくさんの花がたむけられていた。
リリーはそんな皆の心配を余所に、朦朧とする意識の中で、
"私の熱はどこから?喉から…"などとひとりノリツッコミをしていた。
音合わせまで時間が無いと焦りすぎて、リリーは劇団での練習以外に、家で柔軟や体操をしながらも声楽トレーニングを追加していた。
それに悲鳴を上げた身体が、とうとう爆発したようだ。
無理はやはり禁物だったが、後悔しても今更遅い。
喉がヒリヒリと痛くて熱い。
熱のせいもあって口が乾いて声が出ない。
今日は家で静養するしかないようだ。
リリーは取り囲んでいるお屋敷メンバーを見回してから、手招きをしてジェイバーを呼んだ。
そして掠れた声で、先生達に今日はお休みすることを伝えてほしいこと、心配させないような言い方にするようお願いして、目を閉じた。
ところで、リリーが覚えている範囲で、熱を出したのは転生初日を含めてこれで4度目だ。
リリーが熱を出した時はいつもお医者さんが来てくれた。
この世界にも、ちゃんとお医者さんはいるのだ。
怪我をした騎士の所に来たお医者さんにも会ったことがある。
ただ、百合子が知っている日本のお医者さんとは、診断や治療が、だいぶんと違っていた。
この世界のお医者さんの診断は、大きく3つに分けられる。
①怪我、外傷(何かで切った、打った、ぶつけた系)
②過労(膝、腰、肩などを使いすぎた系)
③その他(悪い魔の気が身体に入った系)
リリーはこの場合②に分類され、滋養に良いものを食べて安静にせよという治療を指示される。
もし①だった場合は、治療は包帯を巻かれたり、冷たい布をあてて冷やし、腫れをとったりすることになる。
それは良い。
問題は③だ。
基本的に、①と②以外は全て③になる。
例えば咳が止まらないとする。
それは"胸に悪い魔気が入ったから”。
お腹が痛いのは、"お腹に悪い魔気が入ったから"となる。
この③の治療法はまさかの"祈る”なのだ。
祈りが届けば魔気が逃げていき、病は癒えるらしい。
リリーが転生した時、ベッドから落ちたリリーの物音にジニアがすぐ気づけたのは、ジニアがドアの向こうで一生懸命祈っていたからだ。
祈りは届いて(?)、リリーは元気になった
ということになっている。
つまり…
ろくなお医者さんはいないのだ。
リリーは、喉に良い食べ物なんてハチミツと大根くらいしか知らないが、大根は無いみたいなので、ジニアにハチミツをたっぷり入れた紅茶をお願いしていた。
目が覚めたら飲もうと思う。
禄な薬がないこんな世界に来ると分かっていたら、せめて民間療法とか、薬草の知識をつけておけば良かったな…
マジな病気になったら、死ぬしかないじゃない…
リリーはこの日、ぐるぐるといろんな考えが浮かんでは消え、違うことを考えたり眠ったりして1日が終わった。




