69.歌の基礎トレーニング④
「今日はビブラートの練習をしよう」
アズール先生が言った。
「彩然寶頌は長い音が多く、ビブラートがかけやすい曲だ。
オーケストラに入っているバイオリン、チェロ、フルートは多分、要所でビブラートを使うと思う。
君のまっすぐな声もよく伸びて良いけれど、オーケストラとハーモニーを響かせるなら、君もビブラートを使えた方が良い。
どこで使うかは、音合わせの時に演奏を聴いてから決めたら良いけど、まずは自分の引き出しとして持っていた方が良いだろう」
なるほど。
百合子だった時も、テレビのカラオケ選手権的な番組で、こぶし、しゃくり、ビブラート、フォールっていう記号出てたな…
使った方が点数高めみたいだった。
使ったことなかったから、どうやるのか全然知らないわ。
「ビブラートの練習はまず、"あぁあぁあぁあぁあぁ”の練習から始めるよ。
音程は、"ファドファドファドファド”とか、"ラミラミラミラミ”とかの、ふたつ音を挟んだ音階の幅を『あ』だけで表現する所からだ。
まずは高さを変えながら、この4度の音階の幅の揺らぎをしっかり出せるようにしよう」
リリーは、低い"あぁあぁあぁあぁあぁあぁ”から、高い"あぁあぁあぁあぁあぁあぁ”までの練習を始めた。
「それが安定して出せるようになったら、音階をひとつ挟む、3度の音階の幅の練習に移る。
"ソミソミソミソミ”とか"ファレファレファレファレ”とかの高さだ。
この、4度の揺らぎと、3度の揺らぎをまずきちん保てるようにして欲しい。
もし途中で声がだんだん低くなったり、高くなったりしてしまったら、呼吸の使い方がまだ安定していない証拠だから、その辺りもよく注意して練習すると良いよ。
肩の力を抜いて、頑張ってね」
先生がまたいなくなってから、リリーは、音階を3つ挟んだり2つ挟んだりしながら、ひたすらあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁの練習を頑張った。
しばらくしてアズール先生が戻ってきたので、リリーはあぁあぁ練習の成果を披露する。
「ふむ。だいぶ音の揺らぎに慣れてきたし、一定の呼吸が保てるようになってきたね。
ここまで、普通の子よりだいぶ早く進められているよ」
「えへへ」
先生に褒められれば、リリーだってやっぱり嬉しい。
疲れも吹き飛んで、まだまだ頑張ろう!と思った。
昨日頑張った、リップロールもタングドリルも、結局一定の強さで息を長く続ける練習だったから、あの特訓のおかげもあった。
着実にリリーの基礎は出来上がりつつあるのだ。
あぁあぁ練習において、音階の幅は広い方が分かりやすい。
最初は広い幅から始め、徐々に音階を縮めていき、"レミレミレミレミ”とか、"ソラソラソラソラ”と細かな音のあぁあぁ練習に移り、最終的には半音程度の揺らぎにする。
そして、その揺らぎの速さを少しずつ早くしていく。
喉が下がって奥で声を転がすイメージがつけば、ビブラートは完成に近い。
仕上げは、それが全ての母音で同様にできるよう、『あ』〜『お』までで練習をする。
あぁあぁあぁあぁあぁ…
いぃいぃいぃいぃいぃ…
うぅうぅうぅうぅうぅ…
えぇえぇえぇえぇえぇ…
おぉおぉおぉおぉおぉ…
母音をいかに響かせられるかが、ビブラートを綺麗に響かせるためのポイントらしい。
もともと勘の良いリリーは、努力の甲斐があって、その日のうちに全母音でビブラートを会得した。
午後はヴィオラさんにも、だいぶ唱歌が良い感じになってきたよと褒められて喜びながら、
リリーは隠しきれない嫌な違和感を、喉に感じていた。




