67.歌の基礎トレーニング②
翌日は昨日の内容の復習と、新しい運動が加わった。
「今日は唇の運動に入ろう。
リップロールと、タングトリルという。
リップロールはこうして、唇を閉じて息を吐き出し、プルプルプルと唇を震わせるものだ。」
アズール先生がお手本を見せる。
一定の空気圧を保ちながら10秒くらい続けてみせた。
リリーもやってみるが、4秒までしか唇が奮えず、後は空気が漏れる音がするだけだ。
「!?」
息の長さには自信があるリリーなのに、4秒で力尽きるとは何事かと自分で驚いたが、多分、唇を震わせるために息を大きく使い過ぎなのだ。
少ない息で震わせて長く続かせる必要があるらしい。
「これは唇に必要以上に力を込めない、脱力の練習であり、息を長く続けるための呼吸トレーニングでもある」
確かに、唇が硬いと難しそうだわ…
唇の力を抜いて、長く息を吐く…
「これが10秒できるようになったら、声を出しながらリップロールを行い、音の高さを変える。
低い音、高い音、低い音…と音階を変化させ、呼吸と音域のコントロールが両立できるようにしよう」
ふむふむ。
まずは10秒できなければ…
「次はタングトリルだ。
タングトリル(tongue trill)は簡単に言えば巻き舌だ。
こうやって、舌を前歯の裏に押し当てて息を吐き、舌を震わせる」
タラララララララララ
先生がまたお手本を示す。
リリーは、ああ、よく小学生の男子がやってた舌のやつか、と思った。
当時、行儀が悪くて苦手だと思っていたが、れっきとした口のトレーニングだったらしい。
これも、長く続けようとすると難しい。
結局、呼気の強さを一定に保つという力を高めるために必要な練習なのだと思った。
「タングトリルは、10秒できるようになったら、"タ”と"ト”で繰り返し練習を行う。
タラララララララララ…
トロロロロロロロロロ…
こんな風にね。」
ふむふむ。
これもまずは10秒できなければ…
「さっきのリップロールが唇の力を抜く練習なら、タングトリルは舌の力を抜く練習だ。
どちらも、綺麗に震わせるには脱力と柔らかさが大切になるね。
ではまた、後で見に来るから、しっかり頑張ってね」
先生はそう言うと、リリーの頭に手を置き、少し笑って劇団の指導に戻っていった。
アズールには、もう一昨日のような気持ちは残っていなかった。
2日リリーの様子を見れば、真面目に課題に取り組み、貴族ぶった態度はなく、劇団員みんなに挨拶をしたり声をかけたりする良い子だと分かったのだ。
もうリリーはアズールの、可愛い教え子になった。




