64.劇団アルビレオ
「ごめんください、劇団アルビレオのお稽古場は、こちらでしょうか」
翌朝訪ねてきた女の子に、劇団員は皆ド肝を抜かれた。
絵本に出てくるお姫様を、鏡に写したみたいに綺麗な子だったからだ。
声も、鈴を転がすように可愛い。
薄いオレンジ色のワンピースは、所々に白い花のステッチが施され、さながら花の妖精だった。
なんで、声楽の練習もしたことない子がいきなり王城の晩餐会で歌うのかと思ったけど、この容姿のせいか。
確かにこんなに綺麗な子なら、ある程度上手に歌を歌えるだけで、充分晩餐会の催しとして成功になるんだろうと思った。
「今日からこちらでアズール様にお世話になる、リリーと申します。こちらはジェイバーです。
ご迷惑をおかけしますが、一生懸命頑張りますので、宜しくお願い致します」
女の子はぺこっと頭を下げ、
「あの、今日は朝早くからお邪魔をしてしまったので、朝食にこちらをお持ちしました」
女の子は、たくさんの紙袋に入ったパンを取り出した。
パンといえば丸く硬いものだが、女の子が持ってきたキツネ色で渦を巻いたパンはつやつやして柔らかそうだ。
とても良い匂いがする。
「バターロールと言いますの。朝焼きましたから、まだ温かいですわ。宜しければ…」
女の子が紙袋を差し出すが、初対面の、多分貴族っぽい女の子にどう接して良いか分からない皆は、困ったように顔を見合わせるだけだ。
「わー!こんなパン、初めて見るねぇ!」
「ぐるぐるうずまきしてるよ」
「いいにおい」
この変な空気を読まないチビ達が走り寄る。
「おねぇちゃん、これ、くれるの?」
「えぇ、私もまだ食べてないから、一緒に食べましょう」
女の子が笑うと、チビ達が喜んで手を上げた。
一緒に食べるだって!?
貴族が、僕達と?
僕は(皆も)ビックリしてその様子を見ていた。
僕等が目の前の状況についていけずに逡巡している間に、女の子はチビ達と一緒に稽古場の隅を片付けてから手をつないで手を洗いに行ってしまった。
「アズール〜〜 みんな〜〜 まだ〜〜〜?」
「おなかすいたよ〜〜」
チビらがきちんと並んで座って呼んでくるし、せっかく持ってきて貰ったのを粗末にもできないし、―――――腹も鳴るから、大人も皆、座ることにした。
「ふわっふわ!!」
「あま〜〜い」
「うまっ!!」
皆初めてのパンを夢中で食べた。
バターの香りがする甘いわたを食べているように柔らかかった。
「ゆで卵とハムもありますよ」
バスケットから取り出し、にこにこして皆に配る。
自分もパンを手にとってもぐもぐと食べている。
皆がおなかいっぱいになる頃には、周りとだいぶ打ち解けていた。
特にチビは、膝の上に乗ってお話をせがんだり、手を引いて稽古場の中を案内したりと、完全になついていた。
リリーはこの様子に、内心少しほっとしていた。
ヴェルメリオ様がいない間に劇団の指導係をしているアズール様の時間をしばらく頂くのだ。
劇団の皆様から良く思われないかもしれないと心配だった。
そこで、あえて早朝からお邪魔して朝食を強制的にご一緒する、"同じ窯のメシを食った人はお友達”作戦を決行したのだ。
百合子だった頃、劇団に差し入れをくれる人がいたが、劇団員にも好みがあって、甘いものが苦手な人がいたり、お皿が必要なものは洗い物が増えて敬遠されることがあった。
だから、主食であるパンにして、片手で食べられてお皿が要らないゆで卵をお伴にしたのだ。
とりあえずこの選択は功を奏したようで、手をつけてない人はいないし、皆よく食べてくれていた。
子ども達も喜んでくれて、そうしているうちに周りと少しずつ話せるようになった。
とりあえず、良かった。




