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54.手合わせ③

ポロッ    カラーーン



床と模擬剣が音を立てる。


アシュトンの手から、剣が離れたのだ。



依然として転がったままのアシュトンは、目を見開いたまま固まっている。

背中に冷たい汗が流れていた。





「勝者、リリーお嬢様…!!」

かすれた声で、ジェイバーが宣言した。




リリーは床に刺さったレイピアを抜き、『体育館の床に刺さるなんて、すごい切れ味だわ』とちょっと感心していた。




「アシュトン様、今日はありがとうございました。

とても学ぶことの多い手合わせでしたわ」


リリーはそう言って、アシュトンの手を握り、引き起こした。


結果として、誰も傷を負っていない。

(アシュトンは顎に青タンと後ろ頭にタンコブができたが)


床技も実践で使えたし、空中演技のアクロバットも成功した。

レイピアの気配をずっと感じていて、手から離れても全く問題はなかった。


成果は上々だ。




ほくほく顔のリリーとは真逆の顔をしたアシュトンが、つぶやくようにリリーに尋ねた。


「なんでお嬢様が、こんなに強ェんだ…?」



「あら、アシュトン様。私は強くなどありませんわ。

私にはアシュトン様のような力も、技も、経験もありません。

アシュトン様やジェイバーの足元には、まだまだ遠く及びません。」



リリーがそう言うと、


「ハッ  よく言うぜ。俺を地に伏せるなんて、普通の奴じゃできるわけがない。

ましてや子供の、しかも女が。」


憎々しげに吐き捨てる。



「アシュトン様。それは私が強かったからではなくて、貴方様が油断をなさっていたからですわ」

リリーは人差し指を立てて話す。


「アシュトン様はきっと、この手合わせのルールが"剣を落とす"だから、私がまず剣を払いにくると思われたのでしょう?

でも、アシュトン様みたいな大柄な男性が握っている剣を、私のような小娘が、この軽いレイピアで払い落とせるわけがありませんもの。」


リリーがレイピアを撫でながら続ける。


「ですから、アシュトン様の体勢を崩す方法から考えました。

払い落とせないなら、アシュトン様ごと床に転がって頂く必要がありましたが、2mもあるアシュトン様を普通に押しても後ろに倒せる気が致しません。

ですから、アシュトン様の体勢が低くなるように誘導させて頂き、私の手足が届く状態に仕向けたのです。



もしアシュトン様が最初から私の剣を払いにこられていたら、アシュトン様のその腕力がそのまま直に剣に伝わり、私は多分手が折れるか痺れるかをして、すぐに剣を取り落としたでしょう。



あとは、"アシュトン様が大変お強い"ことも重要でした。

お父様の私兵団は本当に有能な方々で構成されていると聞きます。

ですから、3番隊隊長代理を務めたアシュトン様は、皆からの信頼も厚く、腕が立つ方だと思います。



この確固たる信頼がなければ、今回の手合わせはできませんでした。」




リリーは、百合子だった時も含めて、誰にも怪我をさせたことはない。

今回、作戦上アシュトンの胴や膝を狙ったが、本当に身を斬ったり、膝を突き刺したりするつもりはなかった。

逆に、できてしまったら困るのだ。


すんでの所で避けてくれなければならない。


その点、いくら油断をしているとはいえ、隊長代理の任を務めたアシュトンなら容易には怪我をしないだろうと思っていた。

だから変に手加減や調整をせずに、本気で向かって行くことができた。

そして思惑通り、双方とも大きな怪我をせずに手合わせを終えることができたのだ。

本当に良かった。



リリーの話を聞きながら、半ば呆れて反論する気も起きなくなったアシュトンは、ひとつだけリリーに尋ねた。



「でもなんで、お嬢様はこんな手合わせを申し出たんですか? 俺に言うことを聞かせる方法なんて、絶対他にあるじゃないですか」



「あぁそれはね、これは、手合わせの条件に入ってるわけじゃないから、本当に私の勝手なお願いになっちゃうんだけど…」

リリーはいたずらっ子の顔をして、笑って話し始めた。

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