53.手合わせ②
リリーとアシュトンは体育館の真ん中に立っていた。
手合わせの進行と審判はジェイバー。
マリーは体育館の端で一生懸命神に祈りを捧げている。
(何について祈っているのだろう…)
静かに剣を受け取り、相手を見る。
大きく呼吸をして、ジェイバーの合図を待った。
ドキドキする。
体操競技大会の前や、フェンシングの試合の前と同じ、久々の緊張感。
自分がどこまでやれるのか、試す不安と期待がないまぜになった複雑な心音。
無音の体育館に、自分の呼吸と鼓動しか聞こえない。
「両者、向かい合って。」
静寂を破って、ジェイバーの声が響く。
「礼!」(サリュー…)
「構え!」(アンガルド…)
「始め!!」(アレ!)
アシュトンは片手を正面に出し、剣を構えていた。
一手目は攻撃でなく、受けるつもりのようだった。
差し出しているようにも見える剣には目もくれず、リリーはレイピアを一度左下に下ろし、バンッと床を蹴って肩から前に出ながら勢い良く腕を右上に振り上げ、アシュトンの右脇腹から左肩へ斬り上げ、逆袈裟斬りに入った。
「うわっ!?」
切っ先が身体かすめ、意表をつかれたアシュトンは驚いて咄嗟に後ろに跳ねのきながら右に身体をよじる。
上衣一枚を掠って空を切ったリリーの切っ先は、孤を描いて再度振り下ろされ、腹の前に構え直したかと思ったら突然視界からいなくなった。
「!?」
アシュトンが見回す瞬間、リリーはふっと姿勢を低くして沈み込み、ニ歩のステップで一気に腕を伸ばしてアシュトンの重心が乗った右膝を突きにいった。
「なっ…! 」
リリーのレイピアは本物だ。
もし突かれれば膝は使い物にならなくなる。
アシュトンは焦ってリリーの背に剣を振り下ろした。
「あ、危ない!!」
悲鳴に近いマリーの声が響く。
リリーはサッとそれ避けたためレイピアの先は目標を逸れ、キュッとつま先で勢いを止めて身体の方向を変える。
アシュトンの振り下ろされた剣が床板を弾く。
それと同時にリリーは両手を床について側転の構えに入り、回りながら片足をアシュトンの顎に向かって思い切り突き上げた。
「うぐぁぁっ」
アシュトンは脳をゆさぶられて天井を仰ぎ、世界が回って天地不明になる。
リリーは側転蹴りから着地すると、すぐさま身体を起こして飛び上がり、空中で素早く身体を捻ってアシュトンの上腹部を回し蹴りする。
ズダーーーーン!!!!
「うッ…!!」
ものすごい音がしてアシュトンが昏倒し、床に大の字に転がった。
「お嬢様!!!!」
マリーとジェイバーが叫んだのは、ヒュンヒュンと回りながらリリーのレイピアが天井から降ってきていたからだ。
側転蹴りは本来片手でもできる技だが、リリーはまだ片手で全体重を支えられないので、両手をつかなければならない。
両手を床に着いたらレイピアは持てない。
だからリリーは、側転蹴りに入る直前に、レイピアを天井高くまで放り投げていた。
レイピアは不規則に円を描きながら落ちてきていたが、リリーには握と刀身の動きは手に取るようにはっきりと感じられていた。
鞠遊びのたまものね…
リリーはひそかに笑みを浮かべた。
回し蹴りから着地したリリーが、仰向けに転がっているアシュトンの傍らで手を上げると、レイピアのグリップが吸い込まれるようにリリーの手中に収まった。
その時、アシュトンが低く呻いて目を開けた。
リリーは黙ってアシュトンを見下ろし、レイピアをまっすぐ下ろして突き刺した。
アシュトンの首の、2cm横の床に。




