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52.手合わせ①

「はじめまして、アシュトン卿。

私がディアマン公爵家が長女、リリーですわ。

大変興味深いお話を聞かせて頂きました。」



リリーはニッコリ微笑んで2人の前に現れた。

そしてアシュトンに視線を移すと、


「アシュトン様はお父様の私兵団の隊長代理でいらっしゃるのね。

さぞかしお強いのでしょう?

私も、病弱な身体を強くしたくて、少々運動を始めましたの。」


と話を続けた。


「ぜひ、アシュトン様ともお手合わせ願いたいわ」

笑顔を崩さずにお願いをする。


「え…いえいえ、とんでもねェことです。お嬢様のお手合わせというと、カードゲームですかい?  それでしたら、お付きの方々と遊ばれた方が宜しいでしょう」


アシュトンは、できるだけ丁寧な言葉を選びながら、しかしその実、リリーを小馬鹿にする空気を隠しきれない。



「あら、アシュトン様。勿論カードゲームなどではありませんわ。

私は剣も少し嗜みますの。いつもマリーとばかり練習しているもので、そろそろどなかた別の方とも戦ってみたかったのですわ。

ぜひお相手をして下さらないかしら」


リリーがちらりとレイピアを見てこう言うと、


「ガハハハ  お嬢様、それはあまりにも無謀というモンですよ。 俺なんかと手合わせしたら、模擬剣でも無事じゃ済まねェ。お嬢様に怪我なんかさせたら、俺は公爵様に殺されちまうよ」


アシュトンは冗談にしても話にならんという感じで笑い飛ばした。



ふむ…




「マリー、いま私のおこづかいはいくら溜まったの?」

ふと、リリーがマリーに声をかけた。


「えっ!? ハイ、えぇっと、2000フラウ(約2千万円)くらいです」



リリーはドレスや宝飾などを好きに注文して良いと、定期的にお小遣いを貰っていたが、全然使わないのでずいぶん溜まっていた。


「この2000フラウは、私が好きに使えるお金よ。もし私と手合わせしてアシュトン様が勝てば、すぐに全額お渡ししますわ。いかが?」



「に、2000フラウ!? そりゃ、ありがたい話ではあるが、それでお嬢様に怪我させて公爵に殺されたら割に合わねェよ」


アシュトンは金額を聞いて興味が湧いたようだった。



「このことは、ここにいる4人の秘密。

私の体育館ですれば、他の人に見咎められることはないから、安心して大丈夫よ。


怪我の心配をそこまでされるなら、剣で身体を打つのではなく、剣を落とさせる勝負に致しましょうか。

先に剣を落とした方が負けです。

その方法であれば、剣のコントロールに長けていらっしゃるアシュトン様なら、私に怪我を追わせることはなく、剣を落とせるでしょう」



リリーはいつもマリーとしている勝負方法を提案した。




「お嬢様!それでも危ないと思います。なぜそんなことを急に言い始めたのですか?」

これまでの流れを呆然と眺めていたジェイバーが、ハッとした様子で割って入った。


「そ、そうですよ。しかも負けたら2000フラウだなんて博打すぎますよ!」

マリーも急いでそれに同調した。



「そんなの、やってみなくちゃ分からないじゃない。

今どのくらい自分が戦えるのか、みてみたいのよ。

貴方が勝ったら、約束通り2000フラウをすぐにお支払いします。

ですがもし、私が勝ったら、、






ジェイバーを私兵団に戻して下さい」



リリーが提示したその条件に、3人は唖然とした。



ジェイバーは、

「は!?何でですか!? 自分は護衛騎士としてちゃんと最後まで勤めるつもりです!」

驚いてそう言うが、リリーはかぶりを振った。


「ジェイバーの腕をこんな所で腐らせてはいけないわ。私兵団に戻り、その力をいかんなく発揮してほしいの。

私はもう、自分の身くらい自分で守れるわ」

リリーは譲らない。




リリーとジェイバーの押し問答は続き、それを見ていたアシュトンは内心苛ついていた。


俺は腕っぷしが強い荒くれ者の多い3番隊の隊長代理だぞ。

そこらの強盗ぐらいひとひねりできる。

その俺に、最近運動(剣?)を始めたばかりの病弱令嬢が、まるで勝てるようなことを言いやがる。

舐めるのもたいがいにしやがれ。

ちょっと顔は綺麗だが、所詮はガキのお遊びだ。

あのガキは俺に一太刀も入れられずに震えて剣を落とすことになるだろう。

まぁ俺は、適当にお嬢サマの剣を受け流し、頃合いを見て剣を弾いてやろう。




結局、お嬢様はやると決めたらやらなければ気がすまないらしいということと、どうせ勝敗は決まっているから、とりあえず形だけでもやるしかないという雰囲気になった。


ジェイバーは説得を諦めた。

まぁアシュトンも、お嬢様に怪我はさせない程度に上手くやるだろう。3番隊隊長代理は伊達ではないのだ。

2000フラウは人の金でも勿体ないが、世間知らずのお嬢様が身の丈を知るための勉強代だと思えば、仕方がないとも思えた。



「ハンデも無しじゃさすがに大人気ないから、お嬢様は剣だけじゃなく、俺の身体へ攻撃しても構わないですよ」

アシュトンがそう提案したので、リリーは遠慮なくそのハンデを受け入れた。




そうして手合わせの委細が決まってから、皆で体育館まで戻った。



そこで再度手合わせの条件を再確認する。

●この手合わせのことは、場に居合わせた4人の秘密である

●万が一怪我をしても、他者が責任を負うことはない

●剣を先に落とした方の負け

●アシュトンは模擬剣(木製)、リリーはレイピアで戦う

●リリーはアシュトンの身体に攻撃をしても良い

●アシュトンが勝ったら、リリーがアシュトンに2000フラウを支払う

●リリーが勝ったら、ジェイバーがもとの私兵団に戻れるよう、アシュトンが画策する



皆で確認をした。

アシュトンは終始ニヤニヤし、ジェイバー半ば疲れた表情で、マリーは心配で青ざめていた。

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