50.アシュトンという男
「あぁ、アシュトンか。」
アシュトンと呼ばれた男は、ジェイバーよりもっと体格が大きく、2mはありそうな、ドッシリした男性だった。
それでいて、ベイジルみたいに"熊のような"、という可愛い形容詞がつきにくい風貌だ。
言うなれば、『お前のものは俺のもの、俺のものは俺のものだ!』の名台詞を残した彼によく似ている。
「半年ぶりだな。今日はローレンス公爵様へ、北の国境の様子を報告しに行ってきたんだが、ロータスに言付けを頼まれて本邸に寄った所だ。
なんだ、お前、素振りしてんのか?」
「ん… あァ。」
「んなもんもう必要ねェだろ。 お前、ここのお嬢サマの護衛になったんだろ? お嬢様は病がちって聞くし、この邸宅の中じゃ誰にも狙われないだろうよ」
「 … 」
「あーぁ良いよなぁ、こんな所で美味いもの食ってお嬢サマのお守りをしてりゃ金を貰えるんだから、楽なもんじゃねェか。
こっちは寒い北の国境で身体を張ってるっていうのによ。
羨ましいぜ。
でも、最年少であの3番隊団長代理を務めた奴が、こんな所で燻るなんてな。
お陰で俺が今は3番隊団長代理、だ。」
ガハハハと男は笑い、ジェイバーの肩をバンバンと叩いた。
この男は、ジェイバーをこれっぽっちも羨ましいと思っていない。
ただ揶揄ってやろうという性悪根性を丸出しにした嫌な奴だった。
ジェイバーも、『そうなんだよ、楽で助かるぜ!』くらいの冗談が返せれば相手も面白くないのに、唇を噛んで押し黙るから、ますます男はつけあがる。
見ていてとても気持ちの良いものではない。
「リリー様、あのアシュトンという奴は、身体はあんなに大きいですが腕はあんまり無い男です。ただ、家が代々公爵家に仕えた商家で、金と権力があるので幅を利かせてるんですよ。」
様子を一緒に見ているマリーが耳打ちする。
「なぁ…」
なおも押し黙るジェイバーに、まだ言い足りないらしい男は、ニヤニヤしながら続けた。
「なんでお前がお嬢様の護衛に選ばれたか知ってるか?
公爵様が、団長達を集めて聞いたんだよ。誰が娘の護衛にふさわしいかって。その後うちの団長が考えてたから、俺が言ってやったんだよ。
ジェイバーが良いんじゃないかってな!」
ジェイバーは目を見開き、アシュトンを睨みつける。
握りしめた手が悔しさに震えていた。
その様子をくくっと笑いながら楽しんだアシュトンは、気が済んだらしく、帰ることにしたようだ。
「じゃぁな、ジェイバー。会えて良かったぜ」
アシュトンは、手をヒラヒラさせながら正門の方に歩き始めた。
その眼前に、突然リリーが現れた。
「はじめまして、アシュトン卿。
私がディアマン公爵家が長女、リリーですわ。
大変興味深いお話を聞かせて頂きました。」
リリーの登場に、3人が驚いていた。




