45.SIDE ローズ
初めてアルジェント王子様にお会いしたのは6歳の時だった。
家族でお出掛けをする日の朝、お父様が忘れ物をしたといって王城に戻ることになり、好奇心からついていった時だ。
お父様と書庫に忘れ物を探しに入ったら、そこに王子様がおられた。
窓辺に腰掛けて、何かの本を読んでおられる。
金髪が窓に差し掛かる陽を浴びて輝き、サファイアのような緑の瞳がページの文字を負う。
ポーっと見惚れていたら、王子様がこちらに気づき、挨拶をしてくれた。
「こんにちわ、グルナ侯爵のご令嬢だね。はじめまして。僕はアルジェント・ヴェルデ・エルムだよ。宜しくね」
にっこり笑う顔が可愛くて、思わず頬を染めてしまった。
それから、何かと口実をつけて父様について王城に入り、稀に王子様の姿を見れた時は嬉しく、声をかけられた日はドキドキして眠れなかった。
身分なんてあまり考えたことがなかったけど、侯爵家は王族と婚姻が可能な上位貴族だ。
聞けば、お年はローズのひとつ年下だと分かった。
そのくらいの差なら、もしかしたらこのまま仲良くなれば、結婚できちゃうかもしれない!
幼いローズはそう思い、善は急げと両親に相談にいった。
「残念だけど、ローズ。それは無理だ。殿下はディアマン公爵令嬢のリリー様と既に婚約している」
えっ!!
ローズは驚いた。
全然聞いたことの無い名前だったからだ。
聞けば、先の戦争の報奨として公爵が望んだことだと知った。
何ということか。婚姻を、まるで物のように扱うなんて! 王子様が可哀想だ!
ローズは納得がいかなかった。
お勉強もお作法も、音楽もダンスも、頑張ってなんでも完璧にできるようになった。
いつ王子様の婚約者に会っても自分が勝てるように努力した。
だけど、リリーとかいう公爵令嬢は、いつまでたっても社交界に出てこない。
「リリー嬢は、病気がちでほとんど部屋から出られないらしい」
そう聞いた。
ますます王子妃にふさわしくないと思った。
「そうだなぁ。確かに、大きくなっても身体が病弱なままだったら、王家も考えなおすこともあるかもなぁ」
ローズの努力を見て、お父様もそんなことを言い出した。
やっぱりそうなんだ。
無理矢理決められた婚約で、病弱な令嬢なんて、王子様から破棄したくなるかもしれない。
王子様が嫌だって言ったら、王様の気も変わるだろう。
その時、自分が一番の妃候補じゃないとダメね。
ローズはなんでもできたが、特に好きだったバイオリンを極めることにした。
どんな難しい曲だって間違えずに弾くことができる。
国で1番の奏者になり、去年はついに王子様の誕生日パーティーで演奏をするという大役を拝命した。
パーティーに呼ばれもしない婚約者とは違うわ。
そしてとうとう、リリー公爵令嬢が、社交界に現れるとの情報を掴んだ。
ツテを使ってマルグリット伯爵夫人に頼み、お茶会に招待してもらった。
しかも運良く、音楽会の日らしい。
私の素晴らしい演奏を聞かせてあげましょう。
会場に現れたリリー公爵令嬢は、悔しいけれど容姿はかなり整っていた。
確かに天使みたいな少女だった。
でも今までずっと病弱で、たいした教育も教養もないことは知っていたので、予定通り私のバイオリンを聞かせて、私との差に愕然としたら良いわと思った。
私はこれまでで1番難しく、苦労した協奏曲を完璧に弾ききった。
称賛の拍手や言葉を聞きながら息を整え、リリー公爵令嬢の方を見た。
さぞかし驚き、羨望の表情を浮かべているだろうかと思って視線を動かすと、そこには、私のことなど全く見ずに、周りをキョロキョロ見渡しているリリーがいたのだ。
私はカァッと頭に血がのぼるのを感じていた。
私はずっと意識していたが、相手は私なんて眼中にないということが明らかだった。
まだ、違いがよく理解できていないのよ。
あんな小さな声しか出ないのに歌ですって。
きっとマルグリット伯爵夫人が大げさにほめているだけで、実際はたいしたことは無いはず。
皆の前で大恥をかいたら、私のすごさ、素晴らしさがやっと分かるはずね。
「リリー様の歌、ぜひ聴いてみたいわ。宜しければ、皆様に歌って聴かせて下さいます?」




