322.SIDE リリー⑤
お姉様の話では、あのドレスはものすごく評判が良かったらしい。
それからまたいくつかの衣装の注文が入り、母娘3名でバリバリこなしていった。
図案は基本的に百合子が考え、それをお母様と一緒に刺していく。
衣装そのものの生地選びや仮縫い、本縫いはお姉様だ。
老眼?と緑内障?という病気になって、手元が見にくくなったお母様は、百合子が補助に入るようになってすごく助かると言ってくれる。
百合子はというと、病前のように飛んだり跳ねたりすることはなく、アクション俳優は諦めたようだった。
この前の晩ごはんにチキン南蛮を出したら物凄く喜んだ。
前々から好きなメニューだったが、ビックリするほど褒め上げて、ジニアにも食べさせてあげたい!!とか言っていた。
…誰? と母姉は首を傾げた。
被り物やスタントをすることが多いアクション俳優を目指していたため、美容や容姿にほとんど気を遣わなかった百合子は、今や髪の手入れも化粧もマスターして、普通に可愛い18歳になった。
お風呂の入り方まで忘れていた時は本当にどうしようかと思われたが、最近は半身浴を気に入って、1時間くらい入っている。
※ ※ ※ ※
それから更に3ヶ月ほど経ち、とうとうオペラ座の怪人の初演の日が来た。
衣装係だった3人は、スタッフ枠で端の席を与えられている。
歌劇を鑑賞するのが初めてな百合子は、建物に入るときから大興奮をしていた。
そして劇が始まり、いよいよ3人が力を合わせて作ったドレスを着た主人公が舞台に上がった。
・・・想像以上だった。
裾を中心にビーズを散りばめた図案だったから、舞台の照明を反射してキラキラと、動く度に足元がまばゆく煌めいて、華やかすぎず上品に美しい。
観客席のそこかしこから感嘆の吐息が漏れる。
舞台は進み、最終幕の場面、主人公が怪人を哀れに思ってキスをするシーンになった。
主人公の温かさに怪人の心が溶かされる、1番大切なシーンだ。
そのドレスでは、紫陽花色の柔らかな生地にアンティークレースを縫い付けた。
フリルはほとんど付けていない、シンプルなものだ。ふわりと軽やかに広がり動くドレスが、一緒にいる怪人を包むようで、何とも言えない優しい雰囲気が醸し出されている。
証明も、間接照明の優しい光が2人を照らし、引き立てた。
怪人の境遇に同情し、主人公の優しさや愛情に心を打たれた者のすすり泣く声が聞こえる。
例に漏れず、百合子は号泣していた。
初日の公演は大成功。
スタンディングオベーションがずっと鳴り止まない。
いつまでもいつまでも拍手は続いていた。
その後百合子達は、楽屋まで挨拶に行った。
キャストの皆も、確かな手応えがあったようで、上気した頬で賑やかに騒いでいる。
お互いを称え、労い合う。
「クリスティーヌさん、素晴らしい舞台でした!」
百合子が感激した様子で言うと、
「えぇ、ありがとう。
私のドレスを担当された衣装さん一家ね?
とっても素敵だったわ。
しかも、あの刺繍をしてくれたのが貴女なんですってね!
本当にありがとう。
いつも無闇に跳ね回る姿ばかり見てたから、そんな才能があるなんて、全然知らなかった。
本番で着るのがすごく楽しみだったし、後でDVDを見るのも楽しみなの」
母様と姉様にも御礼を言い、ニッコリ笑って握手をしてくれた。
百合子の胸がグッと熱くなる。
自分なりには、精一杯頑張った刺繍だったが、着る女優さんがどう思ったか不安だったのだ。
喜んでくれていて、心底嬉しい。
「あぁ、本当に、怪人が心を奪われたのが納得の出来だったよ。舞台映えする、証明や雰囲気をよく生かされたドレスだな」
主人公の恋人役の男性も話に加わる。
「あら! 怪人は私の歌声に魅力されたんですよ。
ドレスは勿論素敵ですけど!」
ブーと不貞腐れた様子の女優さんにたじろぎながら、男性は続けた。
「もちろん! 君の歌声は劇団イチさ。
今日も最高だったよ。 怪人はメロメロだって…
まぁでも、ユリが入院したって聞いた時は驚いたけど、元気になったみたいで良かった。
でもお前は俳優志望だったろ?
衣装係に鞍替えするのか?」




