312.結婚式準備
数日後、エルム王子との結婚式(誓約式、婚姻式)のドレスが完成したと連絡があった。
王城のドレスルームに、美しいドレスが届いていた。
王族のドレスは古風でシンプルなものと相場が決まっている。ゴテゴテふりふりしたプリンセスラインでなく、裾が静かに広がったAラインのドレスだ。
胸元に繊細なアンティークレースをあしらい、裾には銀糸で花柄の刺繍が美しく入れられている。
遠くから見れば柄のように見えるが、近くで見ると、それは百合の花だった。
前の世界から離れてしばらく、自分が百合子だったことも思い出さなくなっていたが、その刺繍を見ると何だか百合子だった自分も祝福してくれているような気がした。
国宝級のパライバ・トルマリンのアクセサリーも、隣にバッチリ鎮座している。
相変わらず、ビックリするほど輝いて、夜空から星を取ってきたみたいだと思った。
結婚式は1ヶ月後だ。
リリーは今日からエステに来客対応の準備に式の段取りにと慌ただしい日々を過ごすことになる。
晴れて王妃様公認となったトレーニングだったが、そんなことする暇がないくらい、毎日忙殺されていた。
※ ※ ※ ※
あっという間に式の3日前となった。
ラピス公国、カルトン共和国、パレット王国、唐国、上総国、その他に近隣の国々の王族皇族元首達が続々と到着し始めた。
部屋への案内や世話は侍女達が行うが、連日の晩餐での会話の相手やもてなしは、リリーの担当だった。
各国については事前に勉強をしていたが、話題が1日で尽きないように日々反応を見たりや予習復習をしながら応対するのが大変だ。
お土産に頂いたものの把握とお礼、返礼品の準備なども着々と行う。
「リリー!!」
聞き慣れた声、だが少し低くなった声に振り返れば、
「ピンゼル様!!」
可愛い猫目が飛び込んできた。
前はリリーの胸の高さだった頭が、今は同じくらいになっていた。
「大きくなられましたねぇ!」
もう頭を撫でるような体格差がないことを残念に思いながらギュッと抱き止めて言った。
頂いたかつらやコンタクトレンズが活躍(?)したことを報告しようかと考えていると、
「ちょっと!」
不機嫌な声が響く。
この不機嫌な声にも聞き覚えがあった。
「エールトベール王女! いらして下さったのですね!」
パレット王国からはアングール王女が来ると聞いていたが、妹姫まで一緒とは知らなかった。
「もう、いつまでくっついているのですか。貴方には王子がいるでしょう? いい加減、弟離れをなさいませ」
エールトベール王女はリリーとピンゼル様との間にべリリと入ってリリーを見上げた。
そういえば、いつかアングール王女から、エールトベール王女が誰かと文通していると聞いていたけど、まさか…
「ピンゼル様は、私と婚約していますのよ。気安く肌を触れ合わないで頂きたいわ!」
誤解しかない言い方だし、そもそも飛び込んできたのはピンゼル様なのに…
リリーがあっけにとられていると、
「エリー、リリーはもうすぐ会えなくなるんだし、少しくらい良いじゃないか」
ピンゼル様が口を尖らせる。
「ピンゼル様、エールトベール王女、ご婚約されたのですね! 存じ上げなくて申し訳ありません」
リリーが謝ると、
「いや、公国の第3公子と、王国の第2王女の縁談なんて、そうたいしたことないよ。
結婚式には来てほしいけどね」
ピンゼル様がにっこり笑う。
この前まで、わがまま放題の小僧だったのに、私より先に婚約してるなんて… しかもこんなに立派になって…
なぜか母親目線なリリーは、2人の掛け合いを涙腺を緩ませながら見つめていた。




