307.王城会合③
結局、アゲート侯爵の決意は硬く、また現隊長に息子様(シエル様の兄様)も就かれていることもあり、後進に譲られるお気持ちのようだ。
「王子妃様が王族に加わられ、騎士に新しい方々も入られるこの時期が、私の良い時期であったのでしょう。
子供達も立派に育ち、皆騎士として王族の皆様をお護りできるようになっておりますし、私はそろそろ一線を退いて、妻と余生をのんびり過ごすのも悪くないと思っています。
責を果たせないまま任を離れることは心苦しいですが、後任者へしっかりと引き続きを行いますのでご安心下さい」
「そんな… 何とか思い留まって頂けませんか…!」
リリーは食い下がるが、王妃様の鋭い視線に口を噤む。
「リリーさん、私も長く傍に仕えた侯爵を、このような形で失うことは大変辛く、引き止めたい気持ちは同じです。
しかし、王族たる者、私情は心に収め、客観的に判断できなければなりません。今回の事件は、全員無傷では解決しないものでしょう」
「 … 。 も、申し訳ありません… 」
王族の暗殺が絡む事態で、しかも意図せずではあるがリリー(王子妃)をも危険に晒したのだ。
誰かが責任を取らなければならない。
リリーは侯爵を説得することが難しいことを理解し、うなだれて俯いた。
確かにリリーのせいだけではないのだろうが、一端を担いだことは間違いない。
自らの行いが他者に与える影響について、甘く考えていたことを心底悔いた。
※ ※ ※ ※
その頃、宰相(←バルサム父)の所に、書簡が届けられた。
上総国の元首からだ。
書簡には、自国の問題が王国にまで害を及ぼしたこと、王妃様を害そうとしたことへの陳謝が綴られていた。
背後関係を洗って事実確認を早急に行い、後日正式に報告をさせて頂きたいと、まずは急ぎの謝罪がメインの内容であった。
花祭りの上総国の踊り子が実は刺客で、王妃様の命が狙われたが騎士が何とかお護りして事なきを得た、ということは報告を受けていた。
刺客の動機は、数年前の宝石偽造事件に発端していたようだが、お国騒動の要素が強そうで、どちらかというととばっちり感がある襲撃だったようだ。
あれからまだ3日しか経っていない。
とりあえず王様に書簡が届いたことを報告しに行こう。
そういえば、今日は息子が王城に呼ばれていたな。
ついでに、ちょっとばかり接見室に寄って、顔を出そう。
などと考え、立ち上がっていそいそと執務室に向かう。
ノックをして執務室に入り、王様に書簡を渡して報告をする。
王様はざっと目を通して頷くと、書簡を返した。
「また詳細な調査報告が届いたら持って来てくれ。
その時は、王妃と共に見る」
「はい。かしこまりました」
恭しく受け取り、退室しようとすると、王様が呼び止めた。
「宰相よ、まぁ、その、王子妃は賢く利発であるがまだ子供だ。今回のことは彼女の落ち度も大きい。
今回のことで、王族の自覚や影響力を理解できるだろう。良い経験といえば、良い経験だった。
お前の息子の責任だけではないから、気を落とすな」
…?
王様はどちらかといえば、哀れみの眼差しでこちらを見つめている。
王子妃… リリー様の落ち度?
息子の責任??
「申し訳ありません。よくお話が見えず…
今回のこと、とは、何のことでしょうか?」
「なんだ、息子から何も聞いていないのか。
今日呼ばれているのは、この件のためだろう。
少し厄介な話題なのだ。正直、処遇の判断が難しい」
王様は顔をしかめて目を閉じた。
その様子を見て一気に不安な気持ちになった宰相は、恐る恐る詳細を尋ねた。
そして…
騎士訓練、近衛騎士見習いにリリー様が変装して参加していたこと、息子が事あるごとに張り合い、嫌がらせをしていたらしいこと(←弓へ細工を命令された子分がバラした&馬舎世話人から馬に良からぬことをしてたことがバレた)、あまつさえリリー様を王妃様襲撃の内通者よばわりし、頭をはたくようにかつらを落とした…
ことを知ることになった。
しかも、リリー様が扮していた騎士は、スピネルと言うそうだ。
スピネル? どこかで聞いたような… あぁ…!
宰相は目の前が真っ暗になった。




