303 .スピネル男爵家⑤
「そのようなわけで、君の家と我が家は絶縁状態、僕の両親は孫に会えずじまいというわけさ」
そういえば、百合子には当たり前のようにおじいちゃんとおばあちゃんがいたが、リリーにそんな話や姿絵は無かった気がする。
なんせ、途中から入った人格だったものだから、そのあたりにあまり頓着しなかったために気づかなかったのだ。
「父はそのことを死ぬまで悔いていて、姉さんの忘れ形見の君に、とても会いたがっていたよ。
今日この家に君が来たこと、天国から見てきっと喜んでる…」
そう言って再び涙を流し始めた。
「えっと… お祖父様は亡くなられているんですね。とても残念です。
もしかして、お祖母様はご健在ですか?」
リリーが尋ねると、
「母は少し身体を悪くして、今は別荘で療養中だけど、最近暖かくなって少し元気が出てきたらしい。
もし君のお父さんが良いと言えば、ぜひ会ってやってほしい。きっととっても元気になるよ。
ただその時は、感激してそのまま天に召されないよう気をつけなきゃね」
ははは、と泣き笑いのブラックジョークを飛ばす。
多分、絶縁したのはスピネル家側だけみたいだから、父様は許可されるだろう。(そもそもリリーにすこぶる甘い)
お祖母様には会ってみたいし、顔も知らないリリーの母様の話も聞いてみたい。
帰ったら父様に聞いてみよう…
ひとしきり話をしたら満足したらしく、また絶対遊びに来てよと何度も言いながらネーロ氏は自室に戻って行った。
「さて」
グレイが仕切り直す。
だいぶ頭の中が整理できた。
「これで、僕らがこんなに似ている理由が分かったね」
「そうだね」
リリー父は切れ長の瞳のゴツいおじさまだ。
小柄で色白二重、ぱっちりお目々は母様譲りだったのだ。
双子の顔立ちは父親譲りだから、3人はスピネル家の血筋顔だと言える。
男装したリリーが、驚くほど2人に酷似していたのは従姉弟であり血が繋がっていたためだったのだ。
3人とジニアは顔を見合わせて頷いた。
「「「「これしかないね(ですね)」」」」
高飛車王子妃リリー様の言い分
★「自分より弱い人に守られるのは嫌。 護衛は自分で選びたい」と主張
★さすがにリリー本体が騎士訓練生に入れないし、絶対反対される
★他国から頂いた交易品のコンタクトレンズで目の色と、かつらで髪の色を変えて変装を整えた
★顔が似ている従姉弟に無理矢理頼み、訓練生に志願、時々入れ替わる
ネーロ氏は何も知らなかったことにしよう。
そもそも本当に何も知らないしね。
そんなこんなで、だいぶ無理の無い設定が完成した。
後は日程やら場所やらの偽造エピソードを暗記して、今日の密談は解散となった。
時刻は昼過ぎ。
そろそろ王城からの使者がスピネル家へ事情聴取に来る頃だ。
リリーとジニアは冷めきったお茶と乾燥したお菓子を手早く食べると、急いで馬車に乗って王城に戻る。
とにかく、何とか口裏合わせが間に合って良かった。
お母様の話も聞けたし、望外の収穫があった。
強張っていた肩を落として窓の外を眺める。
明日はとうとう、近衛隊長や王妃様との会議の日だ。
今日決めたよもやま話を決して忘れないようにと深呼吸をした。
リリーは、バルサムのことなどちっとも思い出しません。
バルサムは今日1日、どう過ごしたでしょう…




