296.花祭り⑬
近衛隊長と総隊長は、これからのことについて町長と話し始めた。
花祭りは荒らされ、観覧者は帰ってしまった者も多い。
行われる筈だった菓子の品評会も、菓子は食べられる状態でなく続行はできそうにない。
出店や祭りの目玉紹介も予定されていたが、この雰囲気に店を畳んで帰宅の途についた店があり、広場はガランとしていた。
事が事だし、本来なら以降の花祭りを全て中止としてしまうのが普通だが、それでは皆の催事への努力を蔑ろにしてしまうことになる。
しかし、王妃様の顔に疲れの色は隠せず、予定通りの日程を全てこなすのは難しそうだった。
とりあえず、他国の来賓の方々は、1度宿にお戻り頂いた。
明日の日程については今日の検討次第となっている。
何の催事をどれだけ続けるのか、中止にするのか、主催者と町長、近衛隊長達は頭を悩ませていた。
手持ち無沙汰な騎士たちは、まさかの残党が突然来ないよう警戒しつつ、会場の片付けを手伝っていた。
「グリス! おっ前すごいな!!」
ヘザーが肩をボンっと叩き、声をかける。
「本当に、いきなり王妃様の隣に呼ばれた時はビックリしたな!」
バーチもやってきて話に加わる。
「あの黒服の敵が、上総国の妓女だってよく分かったな!」
「とっさに矢を防いだり、敵と剣でやり合ったり、すげーよ。
俺、自分が思ってたより全然動けなかった」
それは実戦経験が違うからね、とは言えず、曖昧に笑った。
「たまたまだよ。それより、菓子と茶がかかって身体じゅうがベチョベチョさ。早く風呂に入りたいね」
それはリリーの本音だった。
ひっくり返したお茶とお菓子は勿論、王妃様のドレスよりリリーの頭や騎士服の方が余程盛大に被って汚れていた。
甘いお菓子がついた所がカピカピになって引き攣るし、濡れた所が寒いしで、早く着替えたいと思っていた。
「確かに、お前すごい甘い匂いするな!」
3人で笑っていると、近くにいた見習い騎士の少年も話に加わってきた。
「バルサムなんて、3人で敵と戦ってたのに、抜かれたらしいぜ」
こそこそ声で話し、いつも偉そうにしてるのに、肝心な所で役に立たないな、などと茶化されている。
そういえば、その方向からも黒装束が来たな、とリリーが思い出していると、バルサムと目が合った。
聞こえていたのかいないのか、また睨まれてしまう。
私が悪口を言ったんじゃないのに… ため息をついた。
「近衛騎士集合!!」
隊長の掛け声がかかる。
どうやら話がついたらしい。
号令を受けて広場のあちこちから騎士が集まり始める。
リリーもそちらに向かって歩き始めた。
バルサムは、ただでさえグリスが王妃様に呼ばれたことが許せなかったし、敵との戦闘では良い所を見せたかったのに、仲間の騎士がやられたことに気をとられて敵に抜け出されたことを苦々しく思っていた。
あんな筈じゃなかったのに、くそう!
何も思い通りにならない!
ん…?
バルサムの前を歩くグリスの茶色の髪の間から、金色が見え隠れしていることに気づいた。
なんだあれ?
バルサムは少しずつグリスに近づく。
やはり、茶色の間から金髪が見える。
被った紅茶や菓子が髪にひっついて、間から本来の髪の毛が見えてしまっていたのだ。
こいつ、かつらなのか?
なぜ?
理由は分からないが、きっと知られたくない秘密があるのだろう。
もしかしたら犯罪歴があって、騎士になれないとかがあるのかもしれない。
広場には隊長や他の騎士、王妃様が揃っている。
集合場所までもう目前だ。
バルサムはひとつ策を思い立ち、ニヤリと笑った。




