295.花祭り⑫
「合成石は、ガラスに宝石を貼り付けたり、あるいは高温で1度溶かして他の石を癒合して作った人工的なものです。
敢えて作らなければこの世に存在しない宝石と言えるでしょう。
間違って入ったという言い訳は通らない石です。
石の表情、性格ともとれるそれぞれの筋の入り方、独特の光の反射…
大自然が作り出した宝物である宝石にあるそれは、人工的に作ったものにはありません。
そのような宝石を、初めての取引相手に説明なく天然の宝石と同列に並べられれば、悪意があるととられて不思議はありません」
王妃様は静かに続けた。
「だから! 兄様は絶対そんなことしないって!!」
近衛の静止を振り切って、妹が叫ぶ。
王妃様はそれを、構いませんと手で示してから言った。
「ええ。
わたくしは、宝石の中に本物でないものがいくつか混ざっていると判断しただけで、それをあの場に持ち込んだのが誰か、そこまでは関与しておりません。
先程まで、兄君は合成石と知らずに研磨や彫刻をしたのかもしれないと思っていました。
無知は罪ですから、もしそうならほぼ同罪かとも思いましたが、それは無いようですね。
貴女の兄君が本当に合成石の加工も納品もしていないのであれば、悪意を持ったどなたかが、隊商が持っていく貴方の工房が納めた品々に、模造品を紛れ込ませた可能性はあると言えるでしょう」
「えっ…」
姉妹と黒装束の一団は思いもよらない方向に話が転がったようでどよめき、目に見えて動揺し始めた。
「お話を伺っていますと、この件の影響で、国一番の工房の座を退かれたご様子ですね。兄君は腕の良い方だったそうですから、お門違いな妬みを向ける者がいたかもしれません。
また、逆にもしあの偽装宝石が売れていたら、隊商にはかなり利益が出たのではないでしょうか。何しろ原料の半分はガラスなのです。元手が半分で、宝石と同じ金額が得られるのですから。
いずれにしても、この件がどちらに転んでも損をせず得をする者が絡んでいる可能性があります。
ただ、それはあくまで可能性のお話で、わたくしと、我が国では正しく判断ができませんから、そちらの使節団長様に報告と処遇のお任せを致しましょう」
王妃様はそう言って、再びソファ席に戻り、身を沈めた。
治外法権な国交をしている以上、これから先は上総国に任せる必要がある。
急に話をふられ、しかもまさかこんな話になるとは思っていなかった上総国の使節団長がおずおずと王妃様の前に進み出た。
「この度は誠に… 我が国の者が大変、大っ変な無礼を働きまして、何からどのように謝罪を致せば良いのか、私には見当もつきません。
本来であれば代表者として、王妃様の御身を危険に晒してしまった責でこの場で自害すべき所でありますが、この者共を本国に連れ帰り、取り調べる必要があるためそれも果たせず申し訳ございません。
先程は騎士の方にも大変失礼致しました。
1度本国に帰って国王様へ報告し、改めて謝罪の場を設けさせて頂きます。
この度は、誠に申し訳ありませんでした…」
最後は消え入りそうな声で絞り出すように言い切り、深々と礼をした。
そして、そそくさと立ち去ろうとする使節団長の背中に、王妃様が声をかける。
「数年前の隊商の件も含めて、きちんとお調べ直し下さいね。
彼らが納得のいく結果が出なければ、もしかしたら今後もわたくしは命を狙われることになりますもの。
今回の実行犯を処刑してオシマイというずさんな結末は認められませんわ。
それくらい、殺されかけたわたくしは注文できますでしょう?」
「も!もちろんでございます!!」
「彼等を罰する前に、必ずわたくしに前回と今回の経緯と背景、関連各人へ決まった刑罰を教えて下さいませね」
使節団長は飛び上がるように跳ねてから、再度ペコペコして黒装束達の元に走り去った。
下手したら戦争になりかねない事件なのだ。
徹底的に調べて報告を挙げるだろう。
姉妹と黒装束の刺客達は、その様子を呆然と見つめていた。




