294.花祭り⑪
「兄様を殺された?」
「兄様を、殺した…? わたくしが…」
リリーと王妃様が同時につぶやく。
「我が国は美を尊ぶ雅な国です。花でも宝石でも、美しさが何より尊重されます。
私の生家は、宝石の研磨や彫刻を行う工房です。
兄は腕の良い職人であり、工房の跡取りでした。
うちの工房は宝石の質と彫刻技術が高いと評判で、とても人気がありました。
私は兄と年が離れていましたが、誇りに思っていました」
妓女は王妃様から目を離さない。
どこで気付くかを、測っているようでもあった。
「7年前、我が国の隊商が、色んな国を巡って特産をアピールし、販路を広げる取り組みが行われました。
宝石やアクセサリー、金型や絵の具… もちろん華やかな花もありました。
持っていく宝石は、代表を競う大会で優勝したうちの工房で仕上げたものに決まりました。
その栄誉に工房は沸き立ち、兄も喜んで1番出来の良く美しい、特別な宝石をたくさん献上しました。
隊商はたくさんの国を回り、順調に縁を結んで取引先を増やしていたそうです。
そして…ついに貴国にも巡業することになり、国王様に謁見する機会を頂きました。
隊商は、我が国自慢の品々をお披露目し、宝石も惜しむことなくお見せしました。豊かなこの国は、きっとこの宝石の価値を分かって好条件で取引き頂けると思っていました」
そこまで聞いて、リリーは何となく話が読めてきた気がした。
王妃様を見ると、王妃様も眉を顰め真剣な顔つきで聞いておられ、おおかた同じ結論に達したようだった。
「ところが…
王妃様は、我が工房からの献上品に、ガラスが混じっていると、そう仰ったそうです…!
国に戻ってきた隊商からいきなりそう聞かされ、訳も分からないまま警吏が来て兄は捕らえられ…
もう戻って来ませんでした」
妓女の目から大粒の涙が溢れ、ぱたぱたと地面を濡らす。
「兄は宝石にガラス細工を混ぜたりしません!!
あれは絶対に濡れ衣です。
でも、うちの国みたいな小さな国は、こちらの国の王妃様の言われることに異を唱えることなどできないのです。
兄は他国にまがいものを売りつけようとした詐欺師か犯罪者だと言われ、私達がいくら否定しても誰も聞く耳を持ちませんでした。
王妃様がそのような誤りを仰られなければ、兄は、工房は…!!」
ギュッと瞑った目から次々と涙が零れ、その後は言葉にならなかった。
代わりに、隣で話をじっと聞いていた別の刺客、ジェイバーが捕らえた妓女が口を開いた。
「私はこの子の姉です。 他の皆は、工房の職人です。
あの事件の後、あらぬ誹謗中傷を受けて工房は封鎖しました。兄がどうなったのかは分かりません。
収監所に行っても会わせて貰えませんし、どんな刑罰だったかも家族に伝えられなかったからです。
兄の所在や消息が分からなくなって7年…
私達はついに、兄が死んでしまったことを受け入れることにしたのです。
妹は、王妃様が兄を殺したも同然だと言ってこの計画を思いつき、長い準備を経てとうとう実行に移すことにしました。
それに、工房の皆が協力をしたのです」
なるほど…
チラリと見れば、使節団長はせわしなく動いて頭を抱え、一体どうすれば良いのか右往左往しているようだった。
「少し教えて頂きたいのですが、宝石とガラスでは、研磨や彫刻の手応えは大層違うものですか?
とても似ているのでしょうか?」
王妃様が尋ねる。
「うちの職人に、宝石とガラスの手応えを、間違う奴なんていない! しかも、それを坊が見逃す筈ない!」
捕われている中年の男が食ってかかり、傍の近衛に言葉遣いを叱責されている。
「そうですか。
わたくしの生家がある領地は宝石の産地であり、貴方方のように腕の良い職人達がたくさん働いています。
そのために幼い頃から、宝石や加工をずっと見て学んで参りました」
王妃様がゆっくりと話しだした。
「あの時の隊商が上総国からのものであったことを覚えていなかったことは、申し訳なかったと思います。
ですが、差し出された宝石に、ガラス細工が混じっていたことは、絶対に間違いありません。
わたくしの命を掛けても、誤りであることは有り得ません」
哀れみの視線の中に、凛とした厳しい光を宿し、黒装束の一団を見下ろす。
工房の姉妹は、まだそのようなことを、と言いたげに顔を上げたが、傍にいた近衛に静止され、発言は許されなかった。
「あの時に差し出された宝石の加工技術は大変素晴らしく、私も感心したのを覚えています。
各石を際立たせるカッティング技術により、個性が光る、輝かしい宝石に精錬されていました」
リリーもこの話を聞いた時に、王妃様がカッティング技術を褒められていたことを思い出す。
「しかも、献上品に混じっていたのは純粋なガラスでなく、合成石でした」
「「合成石…?」」
姉妹は口の中で反芻する。
王妃様の宝石談義は263話となっています。
気になる方はお読み下さい(*^^*)




