292.花祭り⑨
広場に集められた黒装束の者は、剣で向かってきた者が5名、近くの建物の2階から矢を放ったらしい者のうち、逃げ遅れて捕まった者が6名の、計11名だった。
催事の広場の中央に、全員縛り上げられて集められている。
矢を放った残党は、今ヘザー達3隊がまだ追っているから、後に捕まるだろう。
「お前達、何者だ。なぜ王妃様を狙って騒ぎを起こした」
近衛騎士総隊長が問いかけるが、勿論誰も喋らない。
花が舞うにぎやかな催場は、踏み荒らされた展示の草花植物と、散らかった出店の品々、近衛もしくは敵の血痕で惨憺たる状況になっている。
逃げ帰った観客や参加者も勿論多く、あれほど笑顔の市民が集った場所は跡形もない。
強張った顔や硬い表情の者が少し残った以外は、閑散としてしまった。
お祭りは、完全に滅茶苦茶であった。
黒装束がほぼ捕らえられた後、隊長はほぼ心神喪失したような王妃様を建物にお連れし、中で休まれた方が良いと進言したが、手で拒否されたのだ。
リリーもお声掛けをしたが、首を横に振られただけだった。
少し身体を動かせるようになった王妃様は、紅茶と菓子で裾が汚れたドレスを着替えることもせず、会場に残られた。
今は、隊員が運んできた一人がけのソファに座って目を閉じている。
顔色はまだ白いが、少し頬に朱が差したように見えた。
各国の来賓の方々は、戦闘中は建物の中に避難していたが、王妃様が残られたことに配慮してか、今は広場の端でこちらの様子を窺っている。
「答えよ!」
隊長の声が響き、リリーはそちらへ向き直った。
黒装束は誰も顔を上げず、声も出さない。
リリーはゆっくりその輪に近づいていく。
怪訝な顔の総隊長に一礼し、リリーは口を開いた。
「剣で向かってきた刺客は5名と聞きました。
その方々はもしかしたら、上総国の妓女さまではないですか?」
リリーが隊長と対応した黒装束の者の前に立つ。
ぴくり、と肩が震えた。
「えっ!? まさか!! 滅多なことを口にされますな!!」
聞こえたらしい上総国の使節団長が、真っ青な顔で叫びだした。
「こんな侮辱、許せませぬ! まだ、騎士章も頂いていない者ではないか。だとしても、このような事、ただでは済ませませんぞ!!」
憤慨した様子でこちらに近づいてくる。
リリーはその姿を一瞥し、素早くしゃがみこむと、足元の刺客が頭に被った黒頭巾をむんずと掴んで取り去った。
ハラリ…
と広がる榛色の髪の毛は長く、こちらを見上げる長い睫毛と意志の強い瞳は、見覚えがあった。
「ば… 馬鹿な…」
使節団長は絶句した。
それは午前中、花舞いを披露した天女であり、王妃様に花冠を渡していた妓女だったのだ。
総隊長も、リリーの勝手な行動を諌めようと出しかけた手を降ろした。
そこから、総隊長の指示で全ての黒頭巾が外されたが、リリーの言う通り、剣で向かってきた刺客は催事で見事に舞った、あの天女達であった。
顔色がだいぶ戻った王妃様とは逆に、可哀想な程真っ白になったのは、使節団長だ。
目を剥きだし、泡を吹きそうに開いた口が乾いている。
「なぜ…」
王妃様が初めて声を出した。
信じられない、という感じだった。
上総国なんて国は、リリーも今回初めて聞いたくらい、国交の無い国だ。
王妃様にも狙われる心当たりは無いのだろう。
ましてや、犯人は女性だったのだ。
使節団長は本当に知らなかったようだし、国を上げての急襲でないように見える。
であれば、私怨?
面識も無い相手に恨まれる程、王妃様は外交をしていない。
それにクルール王国自体、他国に恨みを買うようなことはしていない筈だ。
動機は全く不明だった。




