287.花祭り④
明日の朝は早いからと、晩餐の後で準備をしていると、ジニアが部屋をノックした。
扉を開けると、王城に、グレイが来ているというのだ。
リズに用事があると言って。
「グリス(本物)に何かあったのかしら…。 軟膏が無くなったとか? とにかく会いに行くわ」
リリーは了承してリズ用の一式に着替えた。
コンタクトレンズをつけてかつらも被る。
入り口の護衛騎士の所に、びっくりするほど真っ青なグレイが立っていた。
「どうされました? グレイ様… 酷い顔色ではないですか」
リズに気がつくと、グレイは走り寄ってきた。
「リズ、あの、グレイの代理をしている子に、伝えて欲しいんだ。 本当は僕が直接話したいんだけど、連絡先も知らないし…」
切羽詰まった顔のグレイは続ける。
「実はスピネル領の特産品の毛皮や毛織物、鹿や雉など野肉が最近、突然売れなくなったんだ。
理由は分からなかったんだけど、今日の昼に長年取引をしている商会からも取引を終了したいという申し出があったんだ。
この商会からの取引が無くなれば、来年、うちの領は立ち行かなくなる。夕方僕と父さんが出向いて、その理由を尋ねに行ったんだ。
そしたら一言、"すごく申し訳ないが、宰相閣下から、スピネル家との取引を止めるよう言われたから"と。
父さんは宰相って人にそんなことを言われる理由が全然分からないようだったけど、僕はピンと来た。
宰相って、グレイを傷つけたバルサムとかいう奴の親父なんだろう? あいつが何かしたに決まってる」
悔しそうに話すグレイの話に、リリーも驚いた。
とうとう父親を動かしたのか。
あのボンボンもボンボンなら、父親も父親だ。
「大方、うちへの嫌がらせだと思うけど、実際にすごく困ってて… 父さんも母さんも食事が喉を通らない程困って頭を抱えてるんだ。
あいつの思い通りになるなんて本当に癪なんだけど、僕等のプライドと領民の生活を秤にかけることはできない。
グリスの代わりの子に、バルサムの機嫌を取って何とかこの圧力を解除してもらえないだろうか…
嫌だとは思うけど、うちの生活がかかっているから、これ以上目をつけられるのは得策でない。
どうか、伝えて欲しい」
グレイに頼まれ、リリーは曖昧に頷いた。
どうやらグレイにとって、バルサムはいじめっ子の位置付けで、グリスがただ目をつけられて嫌がらせを受けている思っているようだ。
近衛騎士訓練から外れることを求められているとは知らないのだろう。
ふむ。。
仰る通り、バルサムの機嫌をとるなど死んでも嫌だと思う。
しかし、そんな個人的な気持ちでグレイの家族やスピネル領の民達を苦しめるわけにはいかないのも本当だ。
さてどうするか…
リリーはとりあえず、代理グリスにちゃんと伝えることを約束して、グレイと別れた。
翌午前5時。
まだ暗く、夜も開けきらない早朝に、騎士団は集合した。
騎士団総隊長は、シエル様のお兄様だった。
近衛騎士4隊に、リリー達近衛騎士見習いを振り分ける。
4隊長の紹介と指示系統が各隊ごとに説明された。
なんと、リリーとバルサムは同じ1隊所属だった。
王妃様に近い隊なのは良いが、なぜこうも奴と接点があるのか…
ため息と共に横に並ぶバルサムに視線を移すと、バルサムも多分同じような表情をしていた。
そして、
「今家は大変なんじゃないか? 帰って金策に奔走した方が良いぞ」
と小声で話しかけられる。
やっぱりコイツが元凶か。
さらに、
「僕の父様は宰相だから、困ってるなら力になれるかもな。お前が頭を下げてこれまでの無礼を侘び、今すぐ家に帰るなら、父様にとりなしを頼んでやっても良い」
金髪を撫でつけながら嫌らしい笑みで提案してきた。
グレイの希望に添うなら、ここは揉み手でヘコヘコし、謝って即刻家に帰るべきなのだが、リリーはどうしてもできなかった。
「虎の威を借る狐とは君のような人を言うんだ。
宰相なのは君の父上であって君じゃない。君はまだ僕と同じ、近衛騎士見習いなんだから。立場は一緒さ。
頭をさげる必要は無いね」
そう言うと、もう前を向いたままバルサムの顔を見ないようにする。
ジリジリと怨念の籠もった視線にも、気づかないふりをした。
(バルサムは聞いたことない諺だったが、何となく意味は分かったらしい)




