281.騎士訓練生㉓
翌朝、グリスの格好をして、訓練場に着く。
知らない間に肩に力が入っていて、別の意味で緊張していることに気づいた。
「おはよう、グリス。足は大丈夫かい?」
ヘザーが心配して声をかけてくれた。
「おはよう、グリス。手はまだ痛い?」
モスとソレル、バーチも集ってきた。
「おはよう。うん、心配かけたね。もう大丈夫だよ!
この通りさ」
リリーがピョンピョン飛んで見せれば、4人は安心したように笑った。
「グリスの回復力はすごいね。昨日、もう今日は参加できないんじゃないかと思ってたんだ」
バーチが胸を撫で下ろす。
他の3人も同じ気持ちだったようだ。
「本当だな。トカゲ並の回復力だ。さすが、底辺貴族は頭が無いぶん身体が丈夫なものだ」
後ろから嫌な声がして振り返ると、バルサムがニヤニヤ笑いながら立っていた。
「というより、大方たいした怪我でもないのに、酷い怪我みたいに騒ぎ立てていただけなんだろう。
恥ずかしくないのか?」
「 … 」
「騎槍では、俺がお前に負けることは無い。
昨日のようにはいかないからな」
最後に捨て台詞を吐いて、立ち去った。
「なんなんだよアイツ。毎回グリスを目の敵にして。
初日に負けたことを、いつまでひきずるんだろう」
ヘザーは分からない、という顔をする。
「うーん… まぁ宰相の息子が、男爵家の次男に負けた、と知られれば、もしかしたら家で色々言われるのかもな。
貴族意識みたいなものは家々で違うから…。
ヘザーは伯爵家だろ? モスも同じ。ソレルは子爵家で、僕はアイツと同じ侯爵家だ。
うちはあんまりそういうのに厳しくないけど、公爵、侯爵家は子爵家以下を下位貴族として見下す家があるからな…
万一、騎士隊で下位貴族次男より侯爵家長男が階級が下になったら、不名誉だと貶められるのが怖いのかもしれない。
今の所、あいつより上の成績の下位貴族はグリスと、ジェイバーって奴だけだろう。
ジェイバーって奴は、どう見ても普通じゃない。あそこに食ってかかることができなくて、何とか君だけでも排斥したいんだろう」
なんだソレ。
リリーはそもそも公爵令嬢だったから、人からそういった扱いを受けたことがなく知らなかったが、まだまだ差別意識みたいなものはあるんだと分かった。
だからと言って、裏工作や暴言が許されるわけではない。
リリーはふんっと気合いを入れて前を向いた。
その時、アルダー隊長が訓練場に着いて号令をかけた。
「騎槍の成果発表について説明を行う。騎槍はその技術だけでなく馬術も高い必要がある。こちらにまず集ってほしい」
アルダー隊長が地図を広げる。
「ここからここまで馬を駆って走り抜ける時間を計測する。その間の、ここと、ここと、ここに藁束を用意していて、補助官が配置されている。
必ず、走りながらこの3箇所の藁束を刺すか切るかをすること」
なるほど。
騎馬をしながらの障害物競走みたいなものか。
出発地点とゴールは同じ場所だった。
丘と森を抜けて、一周して帰ってくる感じだ。
リリーはカルトン共和国に通う間、毎日王国と共和国の間を馬で走っていた。なるべく急ぐ必要があったし、荷物を乗せている時もあったから、あの期間にだいぶ馬術が上達したのだ。
騎槍そのものはレイピアに近いし、リリーは割りと自信があった。
「馬は、自分達との相性があるだろう。まず、こちらから馬を選び、今日は馬と親睦を深めなさい。
馬を選んだら、軽く走らせ、コースに慣れる練習を行う。
明日、成果発表、試験を行うから、今日中に各自でコースを走り、藁束の場所を確認しなさい」
「「「はい!!」」」
1日の猶予が与えられ、今日は自習みたいな感じだ。
皆、馬舎に向かい、瞳を見たり触れてみたりして馬を選んだ。
リリーも端から馬を眺めていたが、後ろ脚からお尻がプリッと発達していて毛並みがつややかな白い馬に目を留めた。
「貴方、美人ね…」
そっと頬に触れてみる。
ブフルルルン…
その馬は頭を高く上げ、濡れた睫毛でリリーを見下ろす。その気高い様子に、リリーはこの馬に決めることにした。
リリーの鞍を着ける。
試しに走らせると、風を切るように滑らかに進め、跳ね方も柔らかい。
リリーとの相性は抜群だった。
リリーが常歩、速歩、駆歩をしながら慣らしていると、またもや奴が絡んできた。
「お前が選んだの、牝馬じゃないか。
オスの方が速いに決まってるだろ? そんなことも知らないなんて、やっぱり騎士には向いてないよ。
また怪我をしないうちに止めて帰れって」
バルサムは、ムキムキした黒い牡馬を連れている。
リリーはムカッとして言い返した。
「必ずしもオスが速いとは限らないよ。馬と騎手の相性もあるし、メスのほうが身体に柔軟性があってバネを効かせられることもある。
オスばかりが優勢じゃないさ」
「ハハハ、人間でも他の動物でも、女は男に敵わない。
そんな虚勢を張っても明日泣くのはお前だ。楽しみだな」
リリーの言葉は全然響いてない様子でそう言うと、奴は土を跳ね撒き散らして走り去って行った。




